チャールズ・ホスキンソン氏は10月10日、東京で開かれた「Midnight City: Tokyo」で「スマートコントラクトの次に来るもの」を題に講演し、その答えを Nightframe(ナイトフレーム)と名付けました。使う人の身元を知り、意図をくみ取り、自分で考えて動き、しかもその働きを証明できる、常に動き続ける個人用のコンピュータという構想です。
講演の要点は当日の記事でお伝えしました。本稿では一歩進めて、講演で語られた部品の一つひとつを、いま公開されている Midnight City の更新履歴、公式ブログ、関連する標準の公開リポジトリと突き合わせます。すでに動いているもの、テストネットにあるもの、まだ構想のもの。この三つを分けておくと、これから届く発表を取り違えずに追えるはずです。
点・線・三角形の次に来る「正方形」
ホスキンソン氏は暗号資産の歴史を図形で説明しました。お金を送るだけの Bitcoin は「点」、プログラムを書けるようにした Ethereum は「線」、Bitcoin の UTXO と Ethereum から得た学びを合わせた Cardano は「三角形」で、スライドでは三角形の頂点にスケーラビリティ、相互運用性、ガバナンスが置かれていました。その次の第4世代は四つの条件を持つ「正方形」で、条件はプライバシー、規制への対応、どのチェーンかを意識させない抽象化、そして AI エージェントだといいます。

この説明で大事なのは、前の世代が消えないという点です。講演では「世代は入れ子になって内側に残る」と繰り返されました。Midnight も、Bitcoin 以来の性質をすべて抱えたまま、その外側に一回り大きな層を足すものとして位置づけられています。Cardano の後継というより、Cardano を内側に含む次の段です。
ホスキンソン氏は同じ週、シンガポールの TOKEN2049 でも同じ方向の講演をしています。東京の講演は、その全体像を四つの条件から順に組み立てて見せた回でした。この章で押さえたいのは、Nightframe がこれまでの世代の上に積む「次の段」として説明されていることです。
「三つの I と一つの P」を、公開済みの部品に分ける
Nightframe の中身は「三つの I と一つの P」と説明されました。身元(Identity)、意図(Intention)、知能(Intelligence)、そして個人のもの(Personal)です。スライドには「誰に仕えるかを知っている」「あなたの目標を運ぶ」「考えて行動する」「あなたのものである」と一言ずつ添えられていました。それぞれに対応する部品が、いまどこまで公開されているかを見ていきます。

身元:Midnight Passport。Passport は今年5月のコンセンサス(米マイアミ)でホスキンソン氏が紹介した、Midnight への共通の入口です。講演では、初版を年末に出し、来年前半はおよそ3週間ごとに機能を追加すると説明されました。QR コードを読み取って手に入れ、持ち主が自分のエージェントに同じ身元を渡せる設計だといいます。四つの部品のうち、身元はまだ「予定」の段階です。
意図:Midnight City V2。7月に公開された Midnight City V2 では、エージェントは大まかな「意図」と性格にもとづいて、手順の指示を受けずに自分で動きます。公式ブログは、その意図をプライバシーを守るスマートコントラクトで隠したまま行動できる点を、街の特徴として挙げています。
知能:言語モデルと「自分の AI」。3月の公開時点で、街の住人は Google の Gemini で動いていました。その後、6月には利用者が自分の AI を住人として送り込む機能が加わり、9月にはブラウザ上での推論や、手持ちの個人用 AI の接続先を使える仕組みが試験的に開かれています。講演が「Bring Your Own Intelligence(自分の知能を持ち込む)」と呼んだ方向の、最初の形と言えます。
個人のもの:自分で持ち、止められない。講演では、Nightframe は暗号資産のウォレットと同じく自分で鍵を持ち、誰にも止められず、検閲されにくいものでなければならないと強調されました。これを支える技術として、ゼロ知識証明、TEE(信頼できる実行環境)、秘密計算が挙げられています。3月の公式ブログによれば、街の取引はすでにゼロ知識証明で検証され、その束を TEE の中で再計算する仕組みで動いています。一方、住人一人ひとりを TEE の中に置く形は、講演では「これから」の話として語られました。
まとめると、意図と知能は Midnight City の中で試作が動いており、身元はこれから、個人のものという性質は部分的に実装されている段階です。
財布と取引は、いまテストネットにあります
講演で最も具体的だったのは、エージェントに財布を持たせて取引させる計画です。ホスキンソン氏は Open Wallet Standard を組み込んだと述べ、数か月のうちに、利用者が資金を預け、エージェントが取引戦略を取り込み、他のチェーンや取引所の外の仕組みで実際の暗号資産を取引できるようにすると説明しました。

Open Wallet Standard は、決済企業の MoonPay が2026年3月に公開した、AI エージェントが秘密鍵に直接触れずに資産を持ち、署名し、支払うための共通仕様です。この標準の公開リポジトリには、Midnight に対応するための変更提案が8月6日にまとめて出されていますが、10月11日時点ではいずれも審査中で、正式には取り込まれていません。
Midnight City 側の更新履歴を見ると、8月中旬に Midnight と Cardano のエージェント用財布が加わり、残高や取引履歴が見られるようになりました。9月初めには、その接続先が Midnight Preview と Cardano Preprod のテストネットに移されています。本番のネットワークで実際の資金を動かすという記載は、まだありません。
つまり、講演の「組み込んだ」は街の中の財布としては事実で、それが動いているのはテストネットです。実資金での取引は、講演で示された「数か月」のうちに越えるべき次の段になります。
企業の秘密と個人の情報を、同じ仕組みで守る
講演の中盤でホスキンソン氏が繰り返したのは、大企業の悩みと個人の悩みが同じ形をしているという指摘でした。二つの会社が共同で開発するとき、互いの技術を見せたいが持ち去られたくない。旅先の病院で診てもらうとき、医療記録を渡したいが必要以上に使われたくないし、相手の手元に残ってほしくもない。どちらも「相手を信用しなくても協力できる仕組み」があれば解ける問題です。

ここで引かれたのが、Bitcoin の頃からの原則でした。創業者と新しい利用者、最大の企業と最も貧しい人が、同じルールで扱われること。講演では、大企業が自社の技術を守るために使う道具と、個人が取引戦略を守るために使う道具は同じものになると語られました。企業は自分の利益のためにこの仕組みを強く求めるので、結果として個人の身元やデータも同じ強さで守られる、という見立てです。
その応用として紹介されたのが、エージェント向けのスキル市場です。スキルを配るのではなく貸し、借りたエージェントが作り手に代金を払う。Midnight City の公式アカウントも TOKEN2049 の講演を受けて「エージェントが働き、鍵はあなたが持つ」とまとめ、秘密の取引戦略を仕事の間だけ借りる例を挙げています。スキルを買うのが人ではなくエージェントなら、エージェントには財布が要る。前章の財布の話は、ここにつながっています。
RealFi と「通信のない場所での支払い」
Cardano を使う人にとって見逃せないのが、RealFi への言及です。RealFi は IOG が2021年からアフリカで進めてきた取り組みで、ケニアの中小企業向け融資などから始まりました。現在の公式サイトは、Cardano のメインネットで稼働していると告知しており、実物資産を裏付けにしたステーブルコイン USDrf と、関連する sUSDrf の2種類のトークンを提供しています。対応ウォレットには Lace と Eternl が挙がり、米国の居住者は利用できません。
ホスキンソン氏は講演で、RealFi の中心は資金を必要とする人への小口の融資で、利用者は参加するとウォレットとデジタルの身元を得て「銀行口座を持つ側」に入ると説明しました。残る課題は、通信や電力が安定しない場所で、その人たちがどうやって返済し、支払うかです。
その答えとして示されたのが「量子マネー」です。講演では1980〜90年代の論文に出てくる考え方として紹介されましたが、ここでいう仕組みに量子コンピュータは出てきません。スライドの見出しは「One coin. One owner.(一枚の硬貨に、持ち主は一人)」で、「移動はするが、増えることはない」と添えられていました。スマートフォンの中の守られた領域に固有の鍵を置き、相手の端末に触れて鍵の写しを渡し、相手が受け取ったら自分の側の鍵を消したことを証明する。現金を手渡すのと同じく、渡した側の手元からは消え、通信もチェーンも介さず、誰にも知られません。講演では、こうした Nightframe の力が Cardano 上のサービスを良くするとも語られました。ただし量子マネーについて、時期は示されていません。

構想と予定を分けて追う
ここまでの内容を、時期の示し方で分けておきます。
- 時期が示されたもの:Midnight Passport の初版(年末)、来年前半のおよそ3週間ごとの機能追加、実資金でのエージェント取引(数か月以内)、スキル市場(近く)。自分の AI の持ち込みは、ブラウザとスマートフォンから始めるとされています
- 公開情報で確かめられる現在地:エージェント用財布は Midnight Preview と Cardano Preprod のテストネットで稼働、Open Wallet Standard への Midnight 対応は審査中、自分の AI の接続は試験提供中
- 構想の段階にあるもの:眠っているスマートフォンやゲーム機の計算力をまとめて使う仕組み、量子マネー、エージェント同士の出会いから人の交友を広げる使い方
そのうえで、まだ答えが出ていない論点が二つあると考えます。一つは TEE をどこまで信頼するかです。TEE はチップの製造元が用意する守られた領域で、その安全性は製造元の設計と鍵の管理に依存します。ゼロ知識証明だけで完結する仕組みとは、信頼の置き場所が違います。もう一つは、エージェントが実際のお金を使うときの上限と責任の線引きです。講演でも、身元が必要な理由として「その契約に署名したのが本人だと示せること」が挙げられていました。Passport とエージェント取引が同じ時期に動き出すのは、この二つを組み合わせて初めて実資金を任せられるからでしょう。
次に見るもの
最初に確かめたいのは、Midnight City の公式更新履歴です。エージェント用財布の接続先が「Midnight Preview / Cardano Preprod」から本番のネットワークに書き換わったときが、講演の「数か月以内」が現実になった合図になります。あわせて、年末に予定される Midnight Passport の初版で、持ち主の身元をエージェントに渡す仕組みがどこまで入るかを見ておくと、Nightframe の「身元」の部品がそろう時期が読めます。
再検証推奨先:講演の全編は、下のホスキンソン氏公式 YouTube のアーカイブで確認できます。Open Wallet Standard への Midnight 対応の進み具合は、標準の GitHub リポジトリで変更提案が取り込まれたかどうかを見れば分かります。
ことば
- Nightframe:ホスキンソン氏がスマートコントラクトの後継として示した構想。身元・意図・知能・個人のものという四つの性質を持ち、持ち主のために常時動く。Midnight City の住人はその試作という位置づけです。
- Open Wallet Standard:MoonPay が2026年3月に公開した、AI エージェント向けウォレットの共通仕様。秘密鍵をエージェントや言語モデルに渡さずに署名させる点が要で、複数のチェーンが対応を進めています。
- TEE(信頼できる実行環境):チップの中に設けた、外から中身を読めない計算領域。Midnight City では取引の束の再計算に使われており、住人一人ひとりを守る器としての利用が次の段として語られています。
一次ソース / 関連リンク
- チャールズ・ホスキンソン公式 YouTube の講演アーカイブ「What comes after the smart contract? Welcome to Nightframes」
https://www.youtube.com/watch?v=Iyrt2fNAWQ4 - Midnight City 公式 X の講演告知
https://x.com/MidnightCitySim/status/2108810770079440959 - Midnight City 公式 X(TOKEN2049 講演の要点)
https://x.com/MidnightCitySim/status/2108550264915661271 - Midnight 公式 YouTube「Midnight LIVE: Introducing Midnight Passport」
https://www.youtube.com/watch?v=alxLEQj7Aag
Midnight 公式ブログ「Midnight City Simulation」(2026年3月)(midnight.network)
Midnight 公式ブログ「Midnight City V2」(2026年7月)(midnight.network)
Midnight City 公式更新履歴(midnight.city)

MoonPay「Open Wallet Standard」発表
moonpay.com

RealFi

IOG「Welcome to the age of RealFi」(2021年)
Input | Output
- SIPO.TOKYO の既報:Masumi のエージェント、Midnight City に参加
https://sipo.tokyo/signal-20260929-32d2d575/

