Cardano の軽量証明の仕組み Mithril を開発する IntersectMBO は、日本時間 10 月 16 日 17 時 41 分、新しいディストリビューション 2642.0 を GitHub でプレリリースとして公開しました。最大の変更は、署名者 (signer) とアグリゲーターがプロトコルパラメーターと署名対象の設定を、アグリゲーターからではなく Cardano のチェーン上から読むようになったことです。
Mithril v2642.0 リリースノート (IntersectMBO GitHub・プレリリース)(GitHub)
今回の対応ネットワークは pre-release-preview だけで、メインネットと preprod では使えません。ただ、SPO が動かす署名者の設定項目が変わる話なので、メインネット版が出る前に中身を押さえておく価値があります。Mithril は、10 月 15 日に取り上げた Daedalus 11.5.0 の部分同期でも使われている仕組みです。
設定の出どころが、アグリゲーターからチェーン上の記録に
これまで Mithril の署名者は、プロトコルパラメーターや「どのデータに署名するか」という設定を、アグリゲーターから受け取っていました。2642.0 では、この設定がチェーン上に「マーカー」として書き込まれ、署名者とアグリゲーターの双方がそこから読む形に変わります。読み取りには新しい設定項目 protocol_configuration_reader_adapter_config を使います。
CHANGELOG によると、pre-release-preview・release-preprod・release-mainnet の 3 つのネットワークについて、チェーン上の設定はすでに作成済みです。読み取り先のアドレスと検証鍵は、インフラ設定・networks.json・ネットワーク一覧で公開されています。アグリゲーター側には、現在の設定を書き出す protocol-configuration export-markers と、チェーンに書き込むデータを作る import-markers の 2 つのコマンドが加わりました。代わりに、アグリゲーターの設定ファイルにあった protocol_parameters などの 3 項目は削除されています。
開発チームは 8 月の時点で、この「チェーン上の設定を読むアダプター」を実装中だと Intersect の開発更新で報告していました。今回のプレリリースは、その作業が配布物として形になった段階にあたります。設定の出どころが一つのサービスからチェーン上の記録に移ることで、署名者が受け取る前提を、誰でも同じ場所で確かめられるようになります。
SPO の作業は「次の次」までに済ませればよい
SPO にとって大事なのは移行の猶予です。CHANGELOG は「重要」として、新しい設定項目を入れていない署名者は、これまでどおりアグリゲーターから設定を読むと明記しています。この旧来の方式は SPO が設定を更新するための猶予期間として残され、次のディストリビューションで削除される予定です。
つまり 2642.0 のメインネット版が出た時点では、設定を変えなくても署名者は動き続けます。そのうえで、その次の版が出る前に新しい設定項目を入れておく、という順番になります。今回のディストリビューションの署名者は mithril-signer 1.2.5 で、組み合わせる Cardano ノードは 10.7.1 以降、DMQ ノードは 0.7.0.0 以降です。
Gzip の廃止など、互換性に関わる変更
破壊的変更も含まれます。アグリゲーターとクライアントは、Gzip 圧縮のスナップショットアーカイブに対応しなくなりました。もっとも、ディストリビューション 2337.0 以降は Zstandard が既定の圧縮方式なので、CHANGELOG は通常の運用には影響しないとしています。影響を受けるのは、古い Gzip のアーカイブに頼っている場合や、Gzip を出力する独自のアグリゲーターを動かしている場合です。
あわせて、クライアントライブラリの非推奨コンストラクタ ClientBuilder::aggregator と、CLI のスナップショット変換ツールの --cardano-network オプションも削除されました。後者はデータベース内のファイルからネットワークを自動で判別します。ノード側では Cardano ノード 11.1.3 に対応し、これから出る 11.2 にも先行して対応しています。DMQ ノードは安定版 0.7.2.0 に対応しました。
試験段階の 3 機能: 証明書キャッシュ・SNARK・IPFS
残りの目玉は、いずれも「unstable (試験段階)」と明記された機能です。
- 証明書チェーンのキャッシュ: クライアントが一度検証した証明書の連なりを保存し、次回はキャッシュ済みの証明書で検証を止めて時間を短縮します。CLI・ライブラリに加え、ブラウザ向けの WASM 版も IndexedDB に保存できます
- SNARK 証明書: 署名をコンパクトに符号化するほか、各署名者の SNARK 用の鍵をそのステーク・エポック・プール ID と結びつける仕組み (Proof of Bound Possession) と、信頼できる回路の検証鍵を genesis 鍵で署名した登録簿を導入しました
- IPFS: アグリゲーターがイミュータブルファイルを IPFS に置き、IPNS で公開できるようにする予備的な対応です。クライアントは
--ipfs-rpc-urlを指定すると IPFS から取得します
どれも今すぐ SPO の運用を変えるものではありません。それでも、SNARK 証明書の鍵をプール ID と結びつける設計は、将来の署名者の役割に直接かかわる部分なので、正式化の動きは追っておきたいところです。
次に見るもの
確認先は GitHub の Mithril リリースページにある互換表 (Networks Compatibility) です。2642 系の版で release-mainnet の欄が ⛔ から ✔ に変われば、メインネットで使える版が出たことになります。そのときが、署名者の新しい設定項目を入れる作業の始まりです。もう一つは mithril.network の開発ブログで、2630 系と同じく 2642 の解説記事が出れば、署名者の設定手順はそこに書かれるはずです。
ことば
- Mithril — Cardano のステークに応じた閾値署名で、チェーンの状態を短い証明書にまとめる仕組み。ノードやウォレットが全履歴を検証せずに速く同期できるのはこの証明書のおかげで、SPO が署名者を動かして支えています。
- アグリゲーター — 各 SPO の署名者から署名を集めて証明書を作るサーバー。これまで署名者は設定もここから受け取っていたため、今回その役割の一部がチェーン上の記録に移ることになります。
- プレリリース — 正式版の前に、検証用ネットワークだけで試すための配布物。今回は pre-release-preview でだけ動き、メインネットや preprod の SPO が入れる段階ではありません。
一次ソース / 関連リンク
Intersect 開発更新 2026-08-05 (Mithril)(updates.cardano.intersectmbo.org)
