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プライバシー資産が「規制された器」に入ります——Zcash の現物 ETF 化を、Midnight の側から見る

2026-08-24SIPO

プライバシーを守るために作られた暗号資産が、規制された器に入ろうとしています。Grayscale Zcash Trust が 8 月 21 日に米証券取引委員会へ提出した登録届出書の修正第 5 号によれば、この信託は NYSE Arca に「ZCSH」の銘柄コードで上場し、名称を「The Zcash ETF」へ変更する意向です。注目したいのは値動きの話ではありません。この届出書が、Zcash の秘匿機能をどう説明しているかです。そこには、秘匿を売りにした資産が制度の側に受け入れられるとき何が要求されるのかが、かなり率直に書かれています。Midnight が解こうとしている問題と、同じ層の話です。

■ 何が起きようとしているのか

まず事実関係を短く整理します。届出書はデラウェア州の法定信託である Grayscale Zcash Trust(ZEC)によるもので、登録番号は 333-291800、修正第 5 号の提出日は 2026 年 8 月 21 日です。この信託はこれまで、適格投資家に対して私募で持分を発行し、その持分が OTC 市場の OTCQX で「ZCSH」として取引されてきました。届出書は、登録の効力発生と NYSE Arca への上場に合わせて、名称を The Zcash ETF に変更する意向を示しています。

関係する事業者も明記されています。保管を担うのは Coinbase Custody Trust Company, LLC、取引の執行に関わるプライムブローカーは Coinbase, Inc.、受託者は CSC Delaware Trust Company、名義書換代理人と管理事務を担うのは The Bank of New York Mellon です。持分の設定と償還は 10,000 口を 1 単位として行われます。

設定と償還の方式には、現時点での制約が書かれています。設定・償還はいずれも現金による方式で行われ、設定については ZEC の現物と引き換える方式も併用されます。ただし届出書は、この目論見書の日付時点で現物による償還は認めていないと明記しています。ZEC を持ち出す経路は、いまのところ開いていないということです。

なお 8 月 25 日の取引開始という日程については、報道が伝えているものです。届出書自体は「上場する意向」を示す文書であり、この記事の執筆時点で登録の効力発生を確認したものではありません。

■ 器の側が求めるのは、隠せることではなく見せられること

ここからが本題です。届出書は Zcash の技術について、次のように説明しています。

Transactions employing zk-SNARKs are referred to as “shielded” transactions and are distinct from “unshielded” transactions, which are publicly viewable on the Zcash network and can be used to selectively disclose information as needed for regulatory compliance.
(zk-SNARK を用いた取引は「shielded(遮蔽された)」取引と呼ばれ、「unshielded(遮蔽されていない)」取引とは区別される。後者は Zcash ネットワーク上で公に閲覧可能であり、規制対応上必要に応じて情報を選択的に開示するために用いることができる)

この一文の置き方に注目してください。届出書は Zcash を「秘匿できる資産」としてではなく、「必要に応じて開示できる資産」として説明しています。同じ技術を説明していても、制度に向けて書かれた文書では、力点が秘匿ではなく開示の側に置かれます。

なぜそう書く必要があるのかは、届出書の別の箇所が示しています。リスクとして記載されているのは、秘匿機能を持つ資産が実際に取引の場から外されてきた歴史です。届出書によれば、2019 年以降、ZEC は Monero、Dash、Horizen といった他の秘匿系トークンとともに、Coinbase UK、Bittrex、OKX を含む複数の取引所で上場廃止されました。2023 年 6 月には Binance がフランス・スペイン・イタリア・ポーランドでの Zcash 等の上場廃止を告知し、同月中に撤回。2024 年 1 月には ZEC を含む複数の秘匿系トークンに「監視タグ」を拡大し、世界規模での上場廃止の可能性がある銘柄として位置づけたと記されています。届出書は、これらの理由は開示されていないとしつつ、秘匿機能によるものと考えられている、と書いています。

つまり構図はこうです。秘匿の強さは、制度の側から見ると受け入れを妨げる要因として扱われてきました。だからこそ、器に入るための文書では「開示できる」という性質を先に立てる必要があります。

保管の記述にも同じ性格が出ています。届出書によれば、保管者は信託のために受け取った ZEC を安全に保管し、その残高は保管者が管理し、信託のために保有されるものとして識別され、代替性のない形で保有され、保管者自身や他の顧客の資産と混同されず、信託の事前の書面による同意なしに第三者の預託機関等に置かれません。秘密鍵は保管者が保持し、信託にもスポンサーにも開示されません。資産の秘匿性とは別の次元で、誰が何を持っているかを厳密に区別し記録することが、器の側の要件になっています。

■ 選択的開示という、同じ問いの別の解き方

ここで Midnight の設計を並べてみると、同じ層の問題を扱っていることが分かります。

Midnight の公式ドキュメントは、ゼロ知識証明の役割を「機微なデータを露出させることなく、正しさを検証する」ものと説明しています。可視データのための公開台帳と、遮蔽データのための私的台帳を併せ持ち、Kachina と呼ばれる証明の仕組みが「私的な計算を検証可能な証明に変換する」と記述されています。開発者が機密性のあるロジックを書くための枠組みが Compact です。

Zcash の届出書が「unshielded な取引を使えば必要に応じて開示できる」と説明しているのに対し、Midnight が置いているのは「開示せずに、必要な事実だけを証明する」という選択肢です。前者は、見せる取引と見せない取引を使い分けるという運用上の解決で、開示するときには取引そのものが公開されます。後者は、取引の中身を伏せたまま「この条件を満たしている」という命題だけを検証可能にする、という設計上の解決です。

どちらが優れているという話ではありません。実務では、規制対応として求められるのが「取引記録そのもの」である場面も、「条件を満たしている事実」で足りる場面もあります。ただ、届出書が示した現実——秘匿の強さが受け入れの障害になり、開示の経路を持つことが条件になる——を踏まえると、開示の粒度を選べる設計が持つ意味は大きくなります。全部見せるか、何も見せないかの二択しかないとき、制度と噛み合うのはたいてい前者だけだからです。

■ 量子の話が、ここでも出てくる

もうひとつ、届出書には見落としにくい記述があります。Zcash の遮蔽プール(z-address と呼ばれる)は利用者の公開鍵を露出しないため、量子計算機で Shor のアルゴリズムを走らせて秘密鍵を導出する類の攻撃に対して、一定の耐性を持つと考えられている、というものです。対照的に、Bitcoin や Zcash の非遮蔽プール(t-address)は公開鍵を露出します。

ただし届出書は、そこで話を止めていません。zk-SNARK の仕組み自体が、量子計算機による攻撃を受けうる鍵生成の仕組みに依存していること、そして秘匿機能を持つがゆえに透明なチェーンには存在しない固有の脆弱性を抱えうることを、続けて書いています。秘匿は量子耐性の一部を与えるが、秘匿を実現する仕組み自体が別の前提に依存している——という二重の構造です。

同じ形の論点は、Cardano 側の議論にも現れています。8 月 23 日に改善提案リストへ入った CIP-0197「Post-Quantum ZK Signatures for HD Wallets」は、既存の署名をゼロ知識証明で補強する案ですが、その提案文書もまた、証明の仕組みが何に依存しているかを慎重に扱っています。鍵を露出しない設計は守りを厚くします。ただし、その設計を支える証明の仕組みが何に依存しているかは、別に問う必要があります。

■ 誰が、何を、誰に対して見せるのか

今回の届出書から読み取れるのは、プライバシー技術の受容が「認められるか否か」という一点で決まるものではない、ということです。器に入るときに問われているのは、秘匿の強さそのものではなく、開示の制御が設計に組み込まれているかどうかでした。届出書が秘匿機能を説明する段落で、選択的開示に言及せざるを得なかったのは、その要求が先にあるからです。

この構図は、Cardano と Midnight が置かれている場所とそのまま重なります。企業や公的機関が扱うデータは、全部を公開できないから秘匿が要り、まったく見せられないなら制度に載らないから開示が要る。両方を同時に満たす方法として選択的開示が設計されているのであって、秘匿の強さを競うために設計されているのではありません。

そのうえで、開いたままの問いがあります。開示の粒度を決めるのは誰なのか。利用者本人なのか、資産を預かる事業者なのか、それとも規制の側が求める形なのか。Zcash の場合、器に入った資産を保管するのは保管事業者であり、秘密鍵は信託にもスポンサーにも渡りません。持ち主が自分で開示を制御する構図とは、少し違う形になっています。

技術として選択的開示が可能になることと、その制御が使う人の手元に残ることは、別の問題です。プライバシー技術が制度に受け入れられていく過程で本当に問われるのは、後者のほうかもしれません。今回の届出書は、その問いを考えるための、かなり具体的な材料になっています。


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