問題が起きたのは、CardanoやMidnightのネットワークそのものではない。Cardano上のNIGHTをBNB Chain側へ運ぶために使われていた、Wanchainの第三者ブリッジである。
Wanchainは7月21日、Cardano–BNB Chainブリッジに影響するインシデントが発生し、Cardano上のブリッジコントラクトからNIGHTが引き出されたと公表した。同社はブリッジを利用不能にし、調査完了後に更新を出すとしている。
ブロックチェーンセキュリティ企業BlockSec Phalconは、ブリッジTreasuryから約5.15億NIGHTが引き出されたと初期報告した。ただし、これはWanchainによる最終的な被害報告ではない。技術原因、回収状況、利用者対応は、現時点で調査中である。
今回の出来事で最も重要なのは、「どこが破られ、どこは破られていないのか」を分けて理解することだ。
現時点で確認されていること
Wanchainの公式通知で確認できるのは、次の3点である。
- Cardano–BNB Chainブリッジでインシデントが発生した
- Cardano上のブリッジコントラクトからNIGHTが引き出された
- Wanchain Bridgeは利用者に対して停止されている
Midnight Foundationは、今回の事象がWanchainのCardano–BNBブリッジに限定された第三者インフラの事故であり、Midnightのプロトコル、バリデーターネットワーク、コンセンサス、コアインフラは通常稼働していると説明した。NIGHTという資産自体やMidnightブロックチェーンの問題ではない、というのが同財団の現時点の評価である。
Cardanoについても、ネットワークのコンセンサスや台帳ルールが破られたという情報は確認されていない。問題になっているのは、Cardano上で動いていたWanchainのブリッジ用検証ロジックだ。
つまり、「Cardanoがハッキングされた」「Midnightが破られた」という表現は正確ではない。一方で、基盤が正常だから被害が小さいという意味でもない。第三者ブリッジに保管されていた資産は、そのブリッジ固有の実装と運用に依存していた。
ブリッジでは、資産より先に“証明”が移動する
クロスチェーンブリッジは、同じトークンを物理的に別のチェーンへ移動させる装置ではない。
一般的には、元のチェーン側で資産をロックし、その事実を確認したうえで、移動先のチェーンに対応する資産を発行または解放する。逆方向では、移動先側の処理を確認し、元のチェーン側でロックされた資産を解放する。
このとき重要になるのが、「誰が、どの宛先へ、いくら移動することを承認したのか」というメッセージと署名である。ブリッジのスマートコントラクトは、その署名が正しく、メッセージの内容が実際の引き出し条件と一致しているかを検証する。
基盤チェーンの暗号が安全でも、この対応付けに曖昧さがあれば、ブリッジの境界は破られる。今回の初期分析が指摘しているのは、まさにこの部分だ。
BlockSecが指摘した「フィールド境界の曖昧さ」
BlockSecの初期分析によると、WanchainのTreasuryCheck validatorでは、署名対象のメッセージを作る際、14個の可変長フィールドを区切り文字や長さ情報なしでそのまま連結していた可能性がある。
たとえば、「1」「23」を連結した123と、「12」「3」を連結した123は、元のフィールド構成が違っても、完成した文字列だけを見れば同じになる。実際の処理はバイト列だが、問題の直感はこれと同じである。
異なる値の組み合わせが同じバイト列を作れば、そこから計算されるハッシュも同じになる。すると、本来は少額の移動を承認した有効な署名を、別のフィールド構成を持つ大きな引き出しへ再利用できる可能性が生まれる。
BlockSecは具体例として、BNB Smart Chain上で約3,110 NIGHTを承認した正規トランザクション由来の署名が、Cardano上で203,001,692 NIGHTを引き出す処理に再利用されたと報告している。同社は、オンチェーンのPlutus V2バイトコードを逆コンパイルし、攻撃トランザクションのredeemerを解析して、この挙動を確認したとしている。
ただし、この説明はBlockSecによる初期分析であり、Wanchainの最終技術報告ではない。記事公開時点では、完全な攻撃経路や最終原因が確定したと扱うべきではない。
また、これはPlutus V2という基盤機能そのものの欠陥を意味しない。報告されているのは、Plutus V2上に構築された特定のブリッジ検証ロジックが、署名対象データの境界を一意に表現できていなかったという問題である。
守られたコア、破られた境界
Midnight Foundationは、Midnightのプロトコル、バリデーターネットワーク、コンセンサス、コアインフラは安全で、通常稼働を続けていると説明している。Cardanoについても、ネットワークのコンセンサスや台帳ルールが破られたという報告は確認されていない。
それでも、ブリッジのTreasuryからNIGHTが引き出された。
ここにクロスチェーン設計の難しさがある。各チェーンのコアが安全でも、その間をつなぐ境界では、別のコード、別の署名方式、別の運用者、別の鍵管理を信頼する必要がある。
ブリッジを使うことは、元のチェーンだけを信頼する状態から、ブリッジ固有の検証ロジックと運用を追加で信頼する状態へ移ることでもある。「ネイティブ資産とブリッジ資産は同じ価格で動くから、同じリスクである」とは限らない。
今回の事故は、CardanoとMidnightのコアが正常であることと、Wanchainの境界で大きな資産被害が起き得ることが、同時に成立する例になった。
取引所との封じ込めは進んでいるが、回収完了ではない
Midnight Foundationはその後の更新で、KuCoin、Kraken、Binance、Bybit、OKX、Gate、MEXCと連携し、関連アカウントやアドレスの一時凍結、攻撃者関連ウォレットのブラックリスト化、必要に応じたNIGHTの入出金停止などの予防措置が取られたと公表した。
同財団は、これにより攻撃者が資産を移動・換金する能力を大きく制限できると説明している。
しかし、これは約5.15億NIGHTの全量が凍結された、あるいは回収されたという意味ではない。どの程度が移動済みで、どの程度が凍結され、最終的にどれだけ回収可能なのかは、今後の公式報告を待つ必要がある。
NIGHT保有者が今確認すべきこと
第一に、Wanchainが正式に再開を案内するまで、同ブリッジを利用しないことだ。ブリッジ画面が表示できても、第三者の案内や代替リンクから操作しない方がよい。
第二に、自分が保有しているのがCardano上のネイティブNIGHTなのか、ブリッジを通じて別チェーン上に表現された資産なのかを確認する。今回の影響は、WanchainのCardano–BNB Chainブリッジと、そのブリッジに預けられた資産に関係している。
第三に、補償申請、資産移行、緊急返還を名乗る偽サイトやDMを警戒することだ。Midnight Foundationも最初の更新で、調査中のフィッシングやなりすましに注意し、公式更新だけを参照するよう呼びかけている。
そして、価格変動だけで技術的な影響範囲を判断しないことも重要だ。市場価格は売却圧力や不確実性で動くが、価格下落はMidnight本体の侵害を証明するものではない。反対に、価格が戻ってもブリッジの技術問題が解決したことにはならない。
次に確認すべき5つの更新
今後の続報で見るべきなのは、次の5点である。
- Wanchainが公表する最終的な根本原因と完全な攻撃経路
- 影響を受けたNIGHTの最終数量と、凍結・回収・換金の内訳
- 影響を受けた利用者への返還または補償方針
- 修正版コントラクトの監査結果とブリッジ再開条件
- 署名対象データの一意なシリアライズ、鍵管理、監視体制の改善内容
速報段階で必要なのは、すべてを断定することではない。コアと境界を分け、公式に確認された事実、外部セキュリティ企業の初期分析、まだ分からないことを同じ箱へ入れないことだ。
CardanoやMidnightのコアが守られていても、その価値を別チェーンへ運ぶ橋が破られれば、利用者資産は失われ得る。相互運用性が広がるほど、「どのチェーンを信頼するか」だけでなく、「どの境界へ資産を預けるか」が重要になる。
※本稿は2026年7月22日JST時点の公式発表と初期分析に基づく。Wanchainの調査は継続中であり、技術原因、被害数量、資産回収、利用者対応は更新される可能性がある。
