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84 チーム・48 時間・7 受賞——Midnight のハッカソンが示したプライバシー実装の現在地

2026-08-21SIPO

Midnight が、MLH(Major League Hacking)との共催ハッカソンの結果を 8 月 20 日に公表しました。7 月 17 日から 19 日までの 48 時間に 84 チームが参加し、7 つのプロジェクトが受賞しています。ただ、公表記事で目を引くのは受賞作の一覧そのものよりも、書き方のほうです。DevRel エンジニアの Jay Albert 氏は、勝った理由とほぼ同じ分量で「勝てなかった側に何が足りなかったか」を並べました。SIPO はこのところ Midnight を価格ではなく開発者の側から見ていますが、今回の記事は、その開発者層がいまどこで止まっているかを公式が自分で開示した資料になっています。受賞作の中身と、公式が示した実装上の指針を順に見ていきます。

■ 受賞 7 件が、それぞれ何を隠して何を証明したか

受賞はプライバシー基盤(privacy infrastructure)とプライバシーを前提としたゲーム(privacy-native games)の 2 トラックに分かれています。公式ブログによれば、いずれも「明示的なデータ保護の課題」にゼロ知識技術を当てたものです。

基盤トラックの 5 件は次のとおりです。NightPool(Karan Bisht 氏・Vedant Dorlikar 氏)は、封印入札を備えたダークプール型の OTC 取引デスクです。注文の価格と数量は隠したまま、取引に必要な資金を持っていることだけを証明します。注文はコミットメントとして入り、参加資格は Merkle ツリーに対して証明され、注文を使うと nullifier が焼かれて再利用できなくなる、という組み立てです。

Hermes(Prasant Koirala 氏・Sakshyam Sigdel 氏)は、匿名の Reddit 型フォーラムです。投稿・評判の獲得・モデレートされた空間へのアクセスを、誰にも身元を明かさずに行えるようにしています。モデレーション、年齢確認、評判スコア、スパム対策までを、サーバーにもチェーンにもモデレーターにも個人情報を渡さずに動かしている点が特徴です。

Latch(Ashiha Mahesh Kumar 氏・Atharv Mantri 氏)は、自動で動く AI アシスタントに「中身の見えない支出ルール」つきのウォレットを与えます。1 回あたりの上限、総予算、許可されたカテゴリ、使用済み金額はすべて秘匿入力で、台帳に載るのはポリシーへのコミットメントと現在の支出状態へのコミットメントだけです。エージェントは「誰にも読めないルールに次の購入が従っている」ことを証明します。公式はこの発想がエージェントに限らず、規則そのものを公開せずに遵守を証明したい場面全般へ広がると書いています。

ProveNow(Team X H)は、店舗側が「決済が起きたこと」を、金額も請求書も取引相手も明かさずに証明できるようにするものです。決済時にコミットメントをチェーンに置き、後からレシートの秘密で証明し、使用済みレシートの集合が二重使用を止めます。MatchLock(Shreyas Rao 氏・Tejas Rao 氏)は、互いを指名した 2 者が Jubjub 曲線上で、メッセージを 1 通も交換せずに同じ共有秘密を導出します。Compact には回路内の暗号化がないため、クライアント側で暗号化してコントラクトには中身の読めない塊を保持させる、という回避策を取りました。公式はこの回避策自体を「言語ができないことは、オフチェーンに置いて結果だけ保存する」という転用可能な教訓として挙げています。

ゲームトラックの 2 件は、Moonray(Kaleab A. Gizaw 氏)と AmongUs Midnight(Subarna Maity 氏ほか 3 名)です。Moonray は、全員が同じ種から作られた盤面に挑む毎日のパズル大会で、解法をそのまま公開すれば数分でコピーされてしまうため、切り方は端末から出さず、チェーンに載るのは「このプレイヤーが遊んだ」という nullifier と、後で開示されるスコアのコミットメントだけです。AmongUs Midnight は、秘密の役職と投票をチェーン上で処理することで、人狼型の推理を紳士協定ではなく暗号で成立させています。公式は後者について「人が本当に遊びたいゲームだったから勝った」と、体験の良さを差別化要因として明記しました。

■ 「秘匿データを一度も使っていない」エントリーが 8 件あった

興味深いのは、公式が「受賞作に共通していたこと」として挙げた 4 項目です。1 つ目は、設計上必要だからプリミティブを使っていたこと。コミットメント、nullifier、Merkle メンバーシップです。そのすぐ後に、レビューしたエントリーのうち 8 件は秘匿データをまったく使っていなかった、と書かれています。プライバシー基盤の上で行われたハッカソンで、プライバシーを使わない提出が一定数あった、ということです。

2 つ目は、コントラクト・テスト・インターフェースが揃っていたこと。ここにも「作りかけのフロントエンドは全体を通じて珍しくなかった」という一文が添えられています。3 つ目はデプロイ、4 つ目は「見知らぬ人に一文で説明できる用途」です。レシートを証明する。エージェントの支出に上限をかける。自分の役職を誰にも見られずに 1 ラウンド遊ぶ。公式が挙げた例は、いずれも技術の説明ではなく用途の説明になっています。

■ 84 チームのうち、Preprod まで届いたのは 2 チーム

公式は、ローカルの devnet で止まることを否定していません。「48 時間のハッカソンの週末なら、ローカルノードで止まるのはまったく標準的で、想定どおりです」と明記したうえで、そこから一歩進んだ 2 チームを挙げました。

Hermes は 4 つのコントラクトを Preprod テストネットへデプロイし、アドレス・トランザクションハッシュ・ブロック番号をリポジトリに公開して、誰でも検証できるようにしました。Moonray は、同期済みウォレットを使ったブラウザからのデプロイを可能にし、Preprod 上で実際に遊べるビルドを置きました。公式はこの 2 件を「ゼロ知識アプリケーションが週末のうちに公開環境へ出られることの証明」と位置づけ、後続の開発者がそのまま真似できる 2 つの手順書として残しています。

裏を返せば、84 チームのうちその段階まで行ったのは 2 チームだったということでもあります。ここが、いまのプライバシー実装の現在地です。作れる人は増えているが、公開環境へ出すところまで一気に走れる人はまだ少ない。8 月 19 日にお伝えした開発者数の伸びと合わせて読むと、増えているのは入口の人数で、詰まっているのは出口の側だと分かります。

■ 公式が並べた、実装で外しやすい 5 点

記事の終盤には、プライバシー部分を正しく作るための推奨事項が 5 つ挙げられています。開示はできるだけ遅らせ、disclose() は回路の先頭ではなく値が公開状態へ渡る地点に置くこと。生の値ではなく真偽の判定結果のほうを開示すること。台帳にはコミットメントか nullifier を置き、生の個人データは決して置かないこと。コミットメントのソルトを使い回さないこと(使い回すとコミットメント同士が結びつけられます)。そして、証明はその対象に紐づけること、認可を ownPublicKey() だけに頼らないことです。

いずれも派手な話ではありませんが、順番を 1 つ間違えるだけで「隠したつもりのものが隠れていない」状態になる箇所ばかりです。受賞作の解説より、この 5 行のほうが実務では効くかもしれません。

■ ここから見ておくもの

見るべきは、受賞した 7 件のうち何件がデモで終わらずに続くかです。公式は 86 件の提出作品がすべて公開されていること、「良い Midnight のビルドを理解する最短の道は、1 つクローンしてコンパイルすること」と書いています。つまり、この結果発表は表彰であると同時に、次の参加者向けの教材配布でもあります。ハッカソンの受賞作がその後どれだけ定着するかは、エコシステムの厚みをそのまま表す指標になります。

SIPO は Midnight を、価格ではなく開発者の動きから見ています。その観点では、今回の 84 チーム・7 受賞という数字よりも、「8 件は秘匿データを使っていなかった」「Preprod まで行ったのは 2 チーム」という 2 つの数字のほうが情報量があります。次のハッカソンで後者が動くかどうかを、続けて見ていきます。


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