World Mobile Chain が 9 月 20 日、SingularityNET のブリッジが突かれ、Ethereum 上で WMTx が不正に発行されたとする Security Notice を公開しました。同じ日に Fetch.ai と NuNet も同一の攻撃者に抜かれており、3 件に共通していたのはコントラクトの論理的な欠陥ではなく、発行を承認する鍵そのものの流出でした。
Cardano のエコシステムを追っている方にとって、この事件は少し分かりにくい形をしています。自分のウォレットの中では何も起きていないのに、別のチェーン側で供給が増えたことで保有トークンの価格が動く、という被害だからです。何が起きたのか、どの鍵が問題だったのか、いま保有者の側で確認できることは何かを見ていきます。
■ 同じ攻撃者が、一日のうちに三つの発行口を通った
ブロックチェーン分析を手がける PeckShield は、Fetch.ai と NuNet を攻撃したのと同じアドレスが SingularityNET のブリッジ契約に到達し、Ethereum 上で AGIX 2 億 6,000 万枚と WMTx 5,383 万 8,000 枚を不正に発行したと指摘しています。World Mobile Chain の告知(日本時間 9 月 20 日 14 時 07 分)も、WMTx の不正な発行が「$WMTx が上場しているすべての取引所で最近の価格変動を引き起こした」と認めています。
Fetch.ai が公開した暫定分析によれば、最初に抜かれたのは同社の変換コントラクトに置かれていた FET で、8,721,530 枚(約 155 万ドル相当と報じられています)が引き出されました。NuNet では発行用の鍵が盗まれ、NTX 4 億 850 万枚(同社の総供給の 42% にあたる量)が新規に発行されています。
PeckShield の集計では、一連の攻撃のあと、攻撃者のアドレスが保有していた資産は約 1,677 万ドル相当でした。
- AGIX 1 億 9,830 万枚(約 1,442 万ドル)
- ETH 649 枚(約 167 万ドル)
- WMTx 3,353 万 8,000 枚(約 62 万 7,000 ドル)
不正に発行された AGIX 2 億 6,000 万枚のうち 6,000 万枚ほどが手元に残っていない計算になり、ETH 649 枚はその売却で得られたものと読めます。ただしこれは保有残高の差分からの推測で、攻撃者の売却経路そのものが公表されたわけではありません。
■ 承認鍵が置かれていた変換コントラクト
3 件をつないでいるのは、ASI アライアンス(Artificial Superintelligence Alliance)の統合にともなって用意された変換コントラクトです。2024 年に SingularityNET の AGIX、Fetch.ai の FET、Ocean Protocol の OCEAN を ASI トークンへまとめる作業が始まり、その移行用コントラクトは数年単位で開いたままにする方針で運用されてきました。旧トークンを預けると新トークンが出てくる窓口が、統合から 2 年以上たったいまも稼働しているということです。
Fetch.ai の分析では、攻撃者は有効な変換承認者の署名を使って TokenConversionManagerV3 の conversionIn 関数を呼び、コントラクトに残っていた FET を取り出しました。コントラクトのコードは想定どおりに動いています。動かしてよいと署名する側の鍵が、攻撃者の手に渡っていました。Fetch.ai は根本原因を、SingularityNET 側に置かれていたクロスチェーン・ブリッジのバックエンド鍵の流出だと説明しています。
署名鍵や発行権限は、コントラクトの監査では見えにくい場所にあります。コードを何度読んでも、その鍵がどこに保管され、誰が使える状態なのかは分かりません。同じ日に 3 つのプロジェクトが連鎖して抜けたのは、この 3 つが同じ統合の産物で、移行まわりの運用を共有していたためと見るのが自然です。
対応として、Fetch.ai は SingularityNET と協力し、影響を受けたウォレットとコントラクトを無効化したと述べています。World Mobile Chain 側も、取引所や関係する第三者と連絡を取って入金の凍結を進めていること、セキュリティパートナーとともにすべての発行権限の取り消しに取り組んでいることを告知しています。
■ 取引所の対応と、保有者がいま確認できること
Kraken は 9 月 20 日 08 時 13 分 UTC(日本時間 17 時 13 分)に WMTX の入出金停止を告知し、同 12 時 22 分 UTC(21 時 22 分)には WMTX の取引ペアを cancel-only モードに移しました。新規の注文は受け付けず、すでに出ている注文の取り消しだけができる状態です。正規に保有されている WMTx と不正に発行された WMTx を板の上で見分ける手立てがない以上、顧客資産を凍結せずに流入だけを止める、という順序になります。
World Mobile Chain は、この件の公式な情報源は @wmchain だけだと明記したうえで、心当たりのない DM、サポートを名乗るアカウント、復旧サービス、請求ポータル、トークン移行を促すリンクに反応しないよう呼びかけています。事故の直後に「救済」を持ちかける動きが出るのは、この種のインシデントで繰り返し起きてきたことです。
保有者の側で取れる行動は、そう多くありません。入金が止まっているブリッジや取引所の経路を無理に使わないこと、告知は公式アカウントと取引所のステータスページで直接確かめること。現実的なのはこの 2 つです。ブリッジが破られる構造そのものについては、ホスキンソン氏の「Getting Bridges back on Track」解説で、設計側の考え方を扱っています。
■ 次に見るもの
短期で確認できる点は 3 つあります。第一に、World Mobile Chain が告知した発行権限の取り消しが「完了した」と明示されるかどうかで、本人たちが唯一の公式経路だと宣言している @wmchain の投稿が確認先になります。第二に、Kraken のステータスページに立っている「World Mobile Token (WMTX) Funding and Trading Paused」が cancel-only を解除するか、別の判断に進むか。取引再開の条件をどう書くかに、不正発行分の扱いが表れます。第三に、Fetch.ai が ASI:One で公開した分析は本人たちが暫定版だと述べているので、最終報告で凍結分の処理と鍵の管理体制がどう記述されるかです。
SingularityNET 自身については、本稿の作成時点で singularitynet.io の更新一覧に本件の告知が見当たりません。根本原因が同社側の鍵にあるとされている以上、ここに事後報告が掲載されるかどうかも見ておく価値があります。
■ ことば
- 変換コントラクト — 旧トークンを預けると新トークンが発行される移行用の仕組みです。ASI 統合では数年単位で開いたままにする運用が選ばれており、今回はその承認鍵が狙われました。
- 発行権限(mint authority) — そのトークンを新しく作り出せる権限のことです。コードに欠陥がなくても、この権限を握られた時点で供給は増やせてしまいます。
- cancel-only モード — 取引所が新規注文を受け付けず、既存注文の取り消しだけを認める状態です。顧客資産を凍結せずに、疑わしい供給の流入だけを止めたいときに使われます。
一次ソース / 関連リンク
- World Mobile Chain 公式 Security Notice(@wmchain・2026 年 9 月 20 日)
https://x.com/wmchain/status/2101538765332431188 - Kraken Status「World Mobile Token (WMTX) Funding and Trading Paused」(入出金停止・cancel-only の告知)
https://status.kraken.com/ - ChainCatcher「SingularityNET が攻撃を受け、ハッカーが不正発行」(PeckShield のアラートを引用)
https://www.chaincatcher.com/en/article/2291066 - PANews「Fetch.ai が FET 攻撃のオンチェーン分析を公開:署名鍵が流出」
https://panews.io/articles/01a0be17-d634-74c1-9844-959b074bea73 - PANews「同一攻撃者が SingularityNET を突破、AGIX 2 億 6,000 万枚と WMTx 5,383.8 万枚を不正発行」
https://panews.io/articles/01a0be2e-f8c9-738c-a585-a4d7708cc32b - BeInCrypto「Fetch.ai and NuNet Exploited for $2 Million by Same Attacker」(conversionIn 経由の攻撃経路)
https://beincrypto.com/fetch-ai-nunet-2-million-exploit/ - SIPO.TOKYO「ブリッジはなぜ破られ、どう直すのか」(ホスキンソン氏動画の解説・全翻訳)
https://sipo.tokyo/47000-2/ - SIPO.TOKYO「Daily Intel 9/20」
https://sipo.tokyo/daily-intel-20260920/
