Cardano のトークンに移転のルールを持たせる規格 CIP-113 が、日本時間 9 月 30 日未明、Cardano の改善提案を管理する CIPs リポジトリに取り込まれました。2023 年 1 月の提案から 3 年 8 か月を経ての統合で、同じ週には BlockSign が Preview テストネットで、トークンの登録から焼却までを一通り実行したと報告しています。
規制に対応したステーブルコインやトークン化証券を、ハードフォークなしで Cardano に載せるための土台になる規格です。一方で、状態はまだ Proposed(提案済み)で、Active になるための条件は一つも満たされたと記録されていません。何が決まり、何がこれからなのかを整理します。
CIP-113 がネイティブトークンに足すもの
Cardano のネイティブトークン(CNT)は、一度発行されれば、どのアドレスの間でも自由に移動できます。扱いやすい反面、発行者が送金を制限する手段がありません。CIP-113 の本文は、これが次のような用途を妨げていると書いています。
- 規制に対応したステーブルコイン: 法的な理由による口座の凍結や差し押さえができない
- 移転の制限: 許可リスト・拒否リスト・KYC(本人確認)を送金に組み込めない
- トークン化証券: 証券に求められる譲渡制限を CNT では強制できない
CIP-113 の答えは、所有者が変わるたびにスクリプト(スマートコントラクト)の実行を必須にすることです。これを本文ではプログラマブルトークンと呼んでいます。台帳から見れば中身は普通の CNT のままなので、ハードフォークも移行期間も要りません。
仕組みの要は、全員共通のスクリプトを支払い側の資格情報に、利用者ごとのステーク資格情報を組み合わせた「スマートウォレット」のアドレスです。プログラマブルトークンはすべてこの共通スクリプトの下に置かれ、誰の持ち分かはステーク資格情報で区別されます。
共通の土台と、トークンごとのルール
設計は 3 層に分かれています。1 層目はトークンを登録する台帳(レジストリ)、2 層目は全トークンが共有する検証の仕組みで、どちらも一度デプロイされれば全員が使い回します。
トークンごとの個性は 3 層目のサブスタンダードが担います。送金を許す条件、発行と焼却の権限、第三者が実行できる操作(凍結・差し押さえ・強制移転など)を、発行者がここで定めます。本文には既存のサブスタンダードとして、動作確認用の Dummy Token、凍結・解除・差し押さえを備えた Freeze and Seize、FluidTokens が開発した規制対応型の BaFin Standard の 3 つが挙がっています。
利用者や組み込む側にとって読み落とせないのが、第三者の権限の扱いです。CIP-113 そのものは、誰が第三者操作を実行できるかを決めていません。本文は、トークンの第三者操作とその実行権限は CIP-113 への準拠からではなく、必ずサブスタンダードから判断するよう求めています。同じ CIP-113 のトークンでも、発行者が残高を差し押さえられるものもあれば、残高を減らす操作が一切できないものもありうる、ということです。
3 度の作り直しを経た第 3 版
今回取り込まれた仕様は第 3 版です。本文の履歴表によると、最初の版は Ethereum の ERC-20 に近い承認・代理送金の仕組みを持っていましたが、コミュニティから不要で危険だと指摘されて廃止されました。次の版では受け手側の UTxO を使うために同時送金で競合が起き、その次の版では利用者に事前の登録を求めたことが受け入れられませんでした。
現行の第 3 版は、この事前登録の要件を外し、トークンごとの送金ルールを 1 本のスクリプトに寄せた形です。提案の議論は GitHub の PR #444 で 2023 年 1 月から続き、2026 年 9 月 29 日(UTC)にマージされました。旧版 3 つも deprecated として同じフォルダに残されています。
BlockSign の試験が問うのは「誰が承認したか」
Cardano 上で電子署名と承認フローを提供する BlockSign は 9 月 29 日、Preview テストネットで次の 4 つの操作を実行し、すべてオンチェーンで確認したと公式 X で報告しました。
- 登録と初回の発行
- 追加の発行
- ウォレット間の送金
- 焼却
BlockSign が強調しているのは、取引が通ることは課題の半分にすぎないという点です。機関の運用では、誰が取引を起こせるのか、誰が承認するのか、何を承認したのか、承認後に取引が変わりえないか、誰が実行できるのか、そしてそれを後から証明できるのか、が問われます。BlockSign は取引を「意図・組み立て・検証・承認・実行・確認・証跡」の段階に分け、取引を変えれば承認もやり直しになる設計をとっていると説明しています。
凍結や差し押さえができるトークンでは、その操作を誰の承認で実行したかの記録が、トークンの仕組みと同じくらい重くなります。規格が技術の側の土台だとすれば、BlockSign の試験は運用の側の土台を先に探る動きといえます。同社は、今週 CIP-113 の開発者たちが集まり、インフラの改善を話し合う予定だとも書いています。
Active までに残っている条件
CIP-113 の本文には、Active に移るための受け入れ条件が次のように並んでいます。
- 提案した規格で、少なくとも 1 つのトークンを Preview テストネットとメインネットで発行する
- プログラマブルトークンのロジックのエンドツーエンドのテスト
- 広く使われているウォレットが、残高を表示し、送金を実行できること
マージされた時点の文書では、これらのチェック欄はすべて空欄で、実装者(Implementors)の欄も空のままです。BlockSign の Preview での試験は内容としては 1 つ目の条件の前半に重なりますが、文書の上ではまだ記録されていません。
SIPO が追ってきた流れで見ると、9 月 25 日には Fireblocks が Cardano のネイティブトークンの保管と送付に対応しました。機関が CNT を持つための保管の入口と、トークンにルールを持たせる規格が、同じ月に揃い始めたことになります。ステーブルコインや RWA(現実資産のトークン化)を Cardano に載せる話が、構想から運用の手順の話へ移りつつあります。
次に見るもの
確認先は GitHub の CIPs リポジトリにある CIP-0113 の README です。「Path to Active」のチェック欄と、冒頭の Implementors 欄が更新されるかを見てください。残る条件のうち、メインネットでの初発行とウォレットの対応が、外から確かめやすい節目になります。
もう 1 つは、BlockSign が予告した今週の開発者の集まりです。そこで改善点がまとまれば、第 3 版への修正が PR として CIPs リポジトリに出てきます。10 月上旬にかけて、CIP-0113 フォルダへの新しい PR の有無を追うのが手早い確認方法です。
ことば
- CIP — Cardano Improvement Proposal の略で、Cardano の仕様や規格を提案・記録する文書。リポジトリへの取り込みは提案として正式に番号が付いた段階で、採用の確定を意味するわけではありません。
- サブスタンダード — CIP-113 の上で、トークンごとの送金条件・発行権限・第三者操作を定める個別の実装。同じ規格のトークンでも、差し押さえの可否はここを見ないと分かりません。
- Preview テストネット — Cardano の開発者が新機能を試すための試験用ネットワーク。資産に価値はなく、メインネットでの発行は CIP-113 が Active になる条件の一つとして別に求められています。
一次ソース / 関連リンク
- CIP-0113: Programmable token-like assets(CIPs リポジトリ)
https://github.com/cardano-foundation/CIPs/tree/master/CIP-0113 - CIP-113 を取り込んだコミット(2026 年 9 月 29 日 UTC)
https://github.com/cardano-foundation/CIPs/commit/e759a4a56c03c87175f3561b136283398fefccfe - 提案の議論(PR #444・2023 年 1 月〜)
https://github.com/cardano-foundation/CIPs/pull/444 - 参照実装(cip113-programmable-tokens)
https://github.com/cardano-foundation/cip113-programmable-tokens - BlockSign 公式 X(Preview での試験報告・9 月 29 日)
https://x.com/BlockSign_io/status/2104827801777942938 - SIPO.TOKYO: Cardano ネイティブトークン、Fireblocks で保管・送付へ(9 月 25 日)
https://sipo.tokyo/signal-20260925-eb509e12/
