9 月 8 日、Cronos が 8 月 30 日の Tectonic 悪用についてポストモーテムを公表しました。報じられている内容によれば、チェーンは 10,961 ブロック、時間にして 1 時間 54 分ぶんの履歴を破棄し、約 1 億 1,120 万ドルを悪用前の状態へ戻しました。停止までに外へ出ていた 919 万ドルは戻っていません。SIPO はこの件を 2 度扱ってきました。9 月 1 日にはチェーンを止められた理由をバリデータの構成から、9 月 8 日には Liquid の凍結が見せたペグ設計の分かれ目を整理しています。今回はその先にある操作の話です。止めることと、確定した履歴を書き換えることは、必要な権限の重さがまったく違います。数字が固まったので、何が行われたのかと、その操作にどれだけの合意が要ったのかを整理します。
先に断っておきます。この記事は公式一次ソース未確認・複数報道に基づく内容です。ポストモーテムそのものは Cronos Network の公式アカウントで公表されましたが、当方はその原文を直接取得できませんでした。以下は The Block と Cointelegraph という独立した 2 系統の複数報道に基づいており、主要な数字は両者で一致しています。引用は報道が伝えた範囲のものです。
数字が固まりました
9 月 1 日の時点では、被害額は 7,500 万ドル前後という推計と、1 億 2,000 万ドル規模という集計が並んでいて、どれが確定値なのか分かりませんでした。ポストモーテムで、その幅が閉じています。
報道が伝える内容は次のとおりです。攻撃者は 8 月 30 日、薄い分散取引所の流動性に対して Tectonic のガバナンストークン TONIC の価格を吊り上げ、その TONIC を担保にして 9 つの市場から一度に約 1 億 2,040 万ドルを借り出しました。Cronos は攻撃の開始からおよそ 36 分後に不正な活動を特定し、協定世界時 14 時 32 分 47 秒にネットワークを停止しています。停止した高さはブロック 90,907,150 でした。
吊り上げの倍率については、報道のあいだで幅が残っています。The Block は「数分で約 100 倍」、Cointelegraph は「300 倍近く」と伝えており、ここは確定させずに置きます。Cointelegraph はさらに、攻撃者が 500 万ドルを預けたうえで、TONIC を買いながら借り入れと再預け入れを 98 回繰り返す処理を実行し、Tectonic の価格参照がそれに追随した、と説明しています。
復旧の側の数字はこうです。バリデータの合意を経て、チェーンは攻撃前の最後のブロックである 90,896,188 まで巻き戻されました。差し引き 10,961 ブロック、時間にして 1 時間 54 分ぶんです。影響を受けた残高は悪用前の状態に復元され、金額にして約 1 億 1,120 万ドルが元に戻りました。一方、停止の前にネットワークの外へ移されていた 919 万ドル、影響額の 7.6 パーセントは復元できていません。Cointelegraph によれば、このうち 830 万ドルは以前から Ethereum へ渡ったことが追跡されていた分です。ブロックの生成が再開したのは、同じ日の 23 時 49 分 1 秒でした。
「止める」と「書き換える」は、別の操作です
ここで数字を 2 つ並べておきます。ネットワークが止まっていたのは約 9 時間 16 分、破棄された履歴は 1 時間 54 分ぶんです。この 2 つがずれているのは、当然といえば当然で、止めている時間の大半は「どこまで戻すか」を決めて、その状態でネットワークを立ち上げ直すための時間だったということになります。
そして、この 2 つは操作としても別物です。止めることは、新しいブロックを作らない、というだけの話です。すでに確定した取引は、そのまま残ります。前日に扱った Liquid の凍結も、この種類でした。連合が引き出しを止め、その状態で交渉して、返還を引き出した。台帳に書かれた過去は動いていません。
巻き戻しは、そこから一段深いところに手を入れます。すでに確定として扱われたブロックを、なかったことにする。利用者から見れば、確定したはずの取引が消えるということです。The Block が伝えた Cronos の説明は、その重さを認めています。「バリデータとともに下した難しい判断でした。利用者がチェーンに期待する確定性と、危険にさらされた資金とを天秤にかけました」。同じ説明のなかで、代替案——状態を復元せずに再起動する——を選んでいれば、借り出された資産は攻撃者の手元に残ったままだった、とも述べられています。
この判断ができたのは、9 月 1 日に見たとおり、Cronos EVM チェーンのバリデータが招待制で、誰が入っているかを運営側が把握している集合だからです。止めるのに必要な合意と、書き換えるのに必要な合意は、この構成では同じ相手の中で完結します。分散度が「数えられる変数」だという話は、停止のときよりも巻き戻しのときのほうが、はるかに切実な意味を持ちます。
破棄されたのは、攻撃と無関係な取引も含めてです
もうひとつ、報道が明示している点があります。巻き戻しの対象になった 1 時間 54 分のあいだの取引は、悪用に関係していたかどうかにかかわらず、すべて取り消されたということです。
この時間帯に Cronos 上で送金をした人、取引所に入金した人、契約を実行した人は、その結果を失っています。攻撃者の借り入れを消すという目的のために、同じ窓に入っていた無関係な取引もまとめて消えた、ということです。狙って選べる操作ではないので、これは巻き戻しという手段に構造的について回る代償になります。
ポストモーテムは、攻撃者を名指しせず、復元できなかった 919 万ドルをどうするのかについても述べていない、と報じられています。
Cardano で同じ操作を考えると、最初の一歩で詰まります
では、同じ操作を Cardano で行おうとすると何が起きるのか。9 月 1 日の記事で、止めることについては答えを出しました。プールへの参加は許可制ではなく、全参加者の連絡先に相当する一覧が存在しないので、そもそも誰に声をかければいいのかが定義されていません。巻き戻しは、その先の話になります。
オンチェーンのガバナンスの側からも見ておきます。Cardano のガバナンス行為は CIP-1694 に列挙されていて、種類は 7 つです。憲法委員会への不信任、委員会や閾値・任期の更新、新しい憲法またはガードレールスクリプト、ハードフォークの開始、プロトコルパラメータの変更、トレジャリーからの引き出し、そして何も実行しない Info。このうち、確定したブロックを破棄する行為にあたるものはひとつもありません。ガバナンスで決められるのは、承認されたあとの、これから先の振る舞いです。
つまり Cardano には、Cronos が使った経路にあたるものが二重にありません。合意を取り付ける相手の一覧がなく、仮に合意ができたとしても、それを実行する手続きが定義されていない。これは優れているという意味ではなく、選択の内容が違うという意味です。Cronos は 1 億 1,120 万ドルを取り戻しました。同じ状況が Cardano で起きたとして、取り戻す手段は用意されていません。
どちらを望ましいと考えるかは、そのチェーンに何を預けるかによって変わります。ただ、判断の前に見ておく場所ははっきりしています。「誰の合意で履歴が書き換わるのか」という問いに、具体的な名前で答えられるかどうかです。
次に見るもの
3 点あります。ひとつは Tectonic の再開です。9 月 1 日の時点では、安全が確認できるまでプロトコルを操作しないよう利用者に呼びかけている段階でした。価格参照の仕組み——薄い流動性のトークンを担保として評価してしまった部分——が、どう作り直されるのかが見どころになります。
ふたつめは、巻き戻しの窓に入っていた無関係な利用者への対応です。ポストモーテムでは触れられていないと報じられていますので、後続の告知があるかどうかを見ることになります。
3 つめは、この判断が他のチェーンでどう参照されるかです。「止められる」から「戻せる」へ進んだ事例が実行された以上、次に大きな悪用が起きたとき、同じ選択肢が検討される場面は増えます。そのとき問われるのは、技術的にできるかどうかではなく、誰がその判断をしてよいことになっているのか、のほうです。
一次ソース / 関連リンク
- The Block「Cronos says $9.2 million remains unrecovered after Tectonic exploit, chain rollback」(ポストモーテムの内容とブロック高・引用)
https://www.theblock.co/news/ecosystems/2026-09-08-cronos-post-mortem-413724 - Cointelegraph(停止・再開の時刻、手口の詳細、流出先の内訳を伝えた記事)
https://cointelegraph.com/news/cronos-tectonic-rollback-111m-9m-escaped - CIP-1694(Cardano のオンチェーンガバナンス行為の種類)
https://cips.cardano.org/cip/CIP-1694
