Daedalus 11.1.0 が公開されました。目玉は Mithril の部分同期で、4 月の 8.0.0 で「将来のリリースで対応する」と明記されたまま残っていた宿題が実装されています。
日付が重なりました。同じ 7 月 22 日、SecondFi(旧 Yoroi)が公式に事業の畳み込みを発表しています。日本で長く使われてきた選択肢が一つ閉じるその日に、Cardano 唯一のフルノード・ウォレットが「久しぶりに開いても追いつける」形になった。朗報と受け取ってよい符合だと考えています。
「将来のリリースで対応する」と書かれていた一行
4 月 28 日の Daedalus 8.0.0 で、新規インストール時の同期に Mithril が導入されました。チェーンを最初から再生する代わりにスナップショットを取得して復元する方式で、初回同期は大きく短縮されました。
ただし、その恩恵は新規インストールに限られていました。8.0.0 のリリースノートには、こう書かれています。
partial sync resumption via Mithril will be addressed in a future release.
(Mithril による部分同期の再開は、将来のリリースで対応します)
つまり、すでに Daedalus を使っている人が長期間立ち上げず、チェーンから大きく遅れてしまった場合には、この高速化は効きませんでした。遅れを取り戻す手段が、実質「入れ直す」しかなかったわけです。11.1.0 は、ここに手を入れたリリースです。
遅れをエポックで示し、いつでも止められるようにした
11.1.0 の部分同期は、同期画面がノードの遅れを検出したときに動きます。認証済みのチェーン先端から大幅に遅れていると判断されると、不足している immutable チャンクの範囲だけを Mithril 経由でダウンロードする選択肢が提示されます。完全な再インストールは不要です。
公式リリースノートが挙げている改善点は 4 つです。
- 同期の遅れをエポック単位で表示する
- ダウンロード中のファイル数の進捗をリアルタイムに出す
- レジャーのリプレイ中も、任意のタイミングで中断できるインラインの中断ボタンを置く
- キャンセル・エラー・復旧の一連のフローをオーバーレイ上に実装する
地味に見えますが、この 4 つはどれも「待たされている人が何を知りたいか」に答える設計です。あと何ブロックかではなく、あと何エポックか。止まっているのか進んでいるのか。そして、途中でやめられるのか。フルノードの同期がつらいのは時間そのものより、終わりが見えないまま操作を奪われることでした。
なお、公式リリースノートは所要時間の数値を出していません。「数分で同期できる」といった数字が周辺で流れていますが、一次ソースにその記載はないため、ここでは触れません。
Electron 24 から 41 へ — 見えないところの安全性
もう一つの柱は、同梱している Chromium ランタイムのアップグレードです。Electron 24 から 41 へ上がりました。公式は「数年分のセキュリティパッチと V8 の改善が適用される」「ユーザー向けの動作や操作性に変更はない」と説明しています。
あわせて、Windows のディスク空き容量チェックも修正されました。空き容量を測る前に NTFS ジャンクションとシンボリックリンクを参照先のボリュームへ正しく解決するようになり、ストレージパスを別の場所へ逃がしている環境で誤って「空き容量が不足しています」と出る問題が解消されています。
依存関係も、ハードウェアウォレット関連(Ledger・Trezor・Cardano Foundation の Ledger アプリ)とセキュリティ修正を含む更新が入りました。USB HID のデバイス検出は、メンテナンスされていない usb-detection から usb へ切り替えられています。
見出しになりにくい種類の作業です。しかし、ウォレットを公共財として維持するというのは、まさにこういう作業を誰かが継続することを指します。公式は「すべての Daedalus ユーザーに、このバージョンへのアップグレードを推奨します」と書いています。
投票期間中に届いた実績
このリリースが出たタイミングには意味があります。
いま Cardano では、Daedalus の保守・改善を 2026-2027 年にかけて担うための国庫支出提案「Se7en Labs: Daedalus Wallet Maintenance and Improvements 2026-2027」(1,785,333 ADA)が投票にかかっています。エポック 645 で進行中で、IOG は 7 月 28 日に締切と案内しています。SIPO は DRep として、7 月 17 日にこの提案へ賛成票を投じました。
そして 7 月 22 日、投票期間の途中で 11.1.0 が出荷されました。8.0.0 で明示的に先送りされた項目が、票が締まる前に実装されて届いた形です。提案書の約束ではなく、動くバイナリが判断材料として出てきたことになります。
背景には、Input Output がコアインフラ(Haskell ノード・Plutus・Daedalus・Hydra・開発者リレーション)を外部の専門チームへ移管する動きがあり、8 月に開始して 2027 年まで続くと報じられています。Daedalus はその対象の一つです。誰が保守を担い、その資金をコミュニティがどう決めるのか——この移行が実際に回るかどうかを見る材料が、いま同時に出そろっています。
次に見ておきたいこと
- 7 月 28 日前後の採決結果 — Daedalus 保守提案が可決されるか。エポック 645 の締めと合わせて確認する
- 部分同期の実地の挙動 — 長期間起動していなかった環境で、実際に再インストールを回避できるか。中断・復旧フローが想定どおり効くか
- 8 月からの移管の進み方 — Daedalus 以外のコンポーネントも含め、移管後の最初のリリースがどのくらいの間隔で出るか
- EMURGO のリカバリーツール — ゼロ知識証明ベースで第三者監査中、8 月公開予定とされているものの進捗
SPO の視座から — 日本の選択肢として
Daedalus は Cardano で唯一の、フルノードを内蔵したデスクトップウォレットです。インストールした一台一台がノードとして立ち上がり、第三者の API に問い合わせるのではなく自分でチェーンを検証します。軽量ウォレットが便利なのは事実ですが、全員がそちらへ移ると、チェーンの状態を誰かに教えてもらう構造だけが残ります。
日本には、この選択を早くから取ってきた層が厚くあります。Yoroi は EMURGO が 2018 年に公開したウォレットで、名前は日本の甲冑「鎧」に由来し、日本語 UI も早くから用意されていました。SecondFi が 7 月に被害ユーザー向けの対面セッションを東京と大阪で開いたことも、この国のユーザー基盤の厚みを示しています。そして Daedalus 側も、11.1.0 のリリースノートに公式の日本語版を併記しています。すべてのプロジェクトが当たり前にやることではありません。
その日本のユーザーにとって、今回の部分同期は素直に朗報だと考えています。「久しぶりに開いたら絶望的に遅れていて、結局入れ直すのが面倒で使わなくなる」——フルノード利用者が静かに減っていく最大の経路が、ここでした。それを塞ぐ実装が、選択肢が一つ閉じたのと同じ週に、しかも保守の担い手を決める投票と同じ週に届いた。今後のアップデートにも期待したいところです。
⚠️ ただし、順序を間違えないでください
SecondFi / Yoroi の影響を受けたシードフレーズを、そのまま Daedalus を含む別のウォレットへ復元してはいけません。SecondFi の公式ガイダンスは明確です。
Do not restore your recovery phrase into a new Cardano wallet. This does not mitigate the security risk.
(復旧フレーズを新しい Cardano ウォレットに復元しないでください。これはセキュリティリスクの軽減にはなりません)
鍵が公開データから復元されうる状態にあるなら、移した先でも同じ鍵です。EMURGO はゼロ知識証明ベースのリカバリーツールを第三者監査にかけており、8 月の公開を予定しています。該当する方は、まず公式サポートの案内を待つのが順序です。
今回の部分同期が効いてくるのは、あくまで新しいシード、あるいは無事なシードでフルノードに戻ってくる場合の話です。そこを踏まえた上で、選択肢が一つ増えた——正確には、使いやすくなって戻ってきた、と受け取っています。
一次ソース・参照
- Daedalus 11.1.0 リリースノート(GitHub / Input Output)
https://github.com/input-output-hk/daedalus/releases/tag/11.1.0 - Daedalus 8.0.0 リリースノート(部分同期の先送り記載)
https://github.com/input-output-hk/daedalus/releases/tag/8.0.0 - Daedalus 11.0.0 リリースノート(Van Rossem HF 対応・バージョン体系の変更)
https://github.com/input-output-hk/daedalus/releases/tag/11.0.0 - SIPO DRep 投票記録(Se7en Labs Daedalus 保守提案に賛成)
https://sipo.tokyo/post-46901/ - SecondFi 公式インシデント報告(被害規模・原因・今後の方針)
https://kb.secondfi.io/en/article/security-incident-update-dxv72a/ - Cardano hands core software over to outside developers(CoinDesk, 2026-07-17)
https://www.coindesk.com/tech/2026/07/17/cardano-hands-core-development-to-outside-teams-in-decentralization-push
