日本では、預かった個人情報の漏えいの公表が、毎週のように続いています。佐川急便は10月23日、流出の可能性がある個人情報を最大約5,323万件と発表しました。荷物を受け取っただけの人も、お届け先として対象に入ります。政府は10月26日に関係閣僚会議を開き、緊急対策をまとめると表明しました。
守りを厚くすることは欠かせません。それでも、預かる限り、漏れる面は残ります。Midnight は、この問題に「データを預からずに、必要な条件だけを証明する」という設計で答えようとしているチェーンです。9月28日にスマートコントラクトの公開が誰にでも開かれてから約1か月で、メインネットの取引は累計100万件を超えました。
この記事では、漏えいが続く今、Midnight がその答えになりうる理由と、まだ言い切れない理由を、一次の資料で並べます。
預かるから漏れる、という秋
この秋の漏えいには、共通点があります。漏れた先の多くが、本人が「預けた」と意識していない会社だったことです。
- 佐川急便 — 流出の可能性は最大約5,323万件 (10月23日の第5報)。重複を含み、実人数ではありません。依頼主だけでなく、お届け先の氏名・住所・電話番号も入っています
- ユミルリンク — メール配信の Cuenote FC から、延べ5,162万件超 (10月26日の第二報)。企業のメールマガジンを受け取っていた人が、宛先リストを預かる会社の側から対象になりました
- お名前.com デスクトップクラウド — FX の自動売買に使われる仮想デスクトップで、影響の可能性があるサーバーは26,739件。サーバーに保存されていた取引口座のログイン情報が取られ、口座で不正な操作が報告されました
暗号資産の利用者も、例外ではありません。ハードウェアウォレットの Keystone は10月25日、公式サイトへの不正アクセスで、購入者の氏名・連絡先・配送先住所・注文内容が第三者に渡ったと公表しました。秘密鍵やリカバリーフレーズは対象外です。それでも「誰がどの端末を買ったか」という記録は、ネットショップの側に預けられていました。
どの会社も、攻撃を受けた側です。そのうえで、構造は同じです。誰かが預かって照合する仕組みでは、預かった場所が、そのまま狙われる場所になります。問いは「どう守るか」から「何を預けずに済ませられるか」へ移りつつあります。
Midnight の設計、隠すのはデータで示すのは条件
Midnight の公式サイトは、選択的開示を「すべての利用者のデータを守り、必要なものだけを、必要なときに開示する」と説明しています。それを支えるのがゼロ知識証明です。中身を見せずに「条件を満たしている」ことだけを、相手に確かめてもらえます。
たとえば年齢の確認なら、生年月日を渡さずに「20歳以上である」ことだけを示せます。取引の相手や規制当局が確かめたいのは、多くの場合、データそのものではなく条件のほうです。条件だけを渡せる仕組みがあれば、事業者は写しを預かる必要がなくなります。
ここで、一つ誤解されやすい点を整理しておきます。Midnight のネイティブトークン NIGHT は、公式サイトで「シールドされていない (unshielded)」、公開・透明なトークンと説明されています。送り手・受け手・金額を隠す匿名の通貨ではありません。NIGHT を持っていると、手数料やスマートコントラクトの実行に使う資源 DUST が自動で生まれます。DUST は人に渡せない資源で、Midnight の発表の言葉では「private, non-transferable resource」です。隠すのはデータの側であって、トークンそのものではありません。
全部を隠すのでも、全部を見せるのでもない。見せる範囲を、本人と用途で選べる。この中間の設計が、預かる仲介者を減らすための条件になります。
動き始めた証拠、1か月で累計100万件
設計が答えになるには、使われなければなりません。転機は9月28日でした。Midnight の月報「State of the Network」9月号で、メインネットへのコントラクトの公開が、Preprod (公開テスト網) でのセキュリティ審査なしにできるようになったと発表されました。月報は、まず Preprod で試すことも勧めています。
それから約1か月で、取引の量は大きく変わりました。コミュニティの集計 Midnight Explorer によると、1日の取引は9月27日の128件から、10月26日には47,714件に増えています。10月27日には、開発を担ってきた IOG が、メインネットの取引が100万件を超えたと伝えました。
数字の出どころも書いておきます。100万件は、Midnight Explorer の集計を IOG が追認した値です。Midnight の公式ドキュメントは、Midnight Explorer を TexLabs が運営するコミュニティの道具で、監査は受けていないと説明しています。10月27日に出た公式の10月の月報には、取引件数などの利用の数字は載っていません。どのアプリが、何のために取引しているのかという内訳は、まだ見えていません。
漏えいの問いに答える、三つの使い道
量だけでなく、何に使われ始めたかを見ると、漏えいの問いとの距離が分かります。
一つ目は、秘密投票です。ShadowLabz は10月8日、シンガポールの TOKEN2049 に合わせた Midnight のイベントで、誰がどれを選んだかを伏せたまま、結果は誰でも確かめられる投票を実演しました。デプロイの申請書によると、投票の仕組み Shadow Polls は、参加資格を名簿の要約値に対して証明してから投票し、公開されるのは選択肢ごとの合計だけです。申請書は弱点も自分から書いています。集計がその場で更新されるため、参加者がごく少ない投票では、取引のタイミングから選択を推測される余地がある。対策として、締め切りまで集計を伏せる方式を次の改修に挙げています。
二つ目は、メールで作るウォレットです。Fireblocks 傘下の Dynamic が、Midnight に対応しました。Dynamic の開発者向けドキュメントによると、組み込み型の Midnight ウォレットは、ソーシャルやメールのログインから作られる MPC ウォレットで、ブラウザの拡張機能は要りません。MPC は、秘密鍵を一か所に置かず、複数の当事者に分けて署名する方式です。使い始めの関門は下がります。一方で、鍵を分けて持つ基盤の提供者が、新しい「預け先」になりうる点は見ておく必要があります。
三つ目は、他のチェーンの資産の秘匿です。10月20日に発表された Nightmode は、資産を元のチェーンに置いたまま、Midnight の秘匿を使えるようにします。ブログは「ネイティブの資産は元のネットワークを離れない」と書き、取引の金額は公開されるが、個人を特定する情報は秘匿されると説明しています。権限を持つ監査人には、ウォレットの持ち主や残高を明かさずに、取引が正しいことを証明できます。10月の月報は、Sig Network とともに Midnight の秘匿をイーサリアムへ広げる取り組みとして Nightmode を紹介し、TRON への展開を12月に予定しているとしています。
さらに先には、本人確認と AI エージェントがあります。10月の月報は、ID と資産を自分で管理するアプリ Midnight Passport を紹介しました。別名で取引でき、特定のオンチェーンの権限だけを AI エージェントに任せながら、資金の管理は本人に残せるとしています。プライバシーを保つ AI エージェント Midnight Companions は、利用者のデータを明かさずに、合うアプリへつなぐと説明されています。ただし、どちらも公開の時期は月報に書かれていません。ロードマップには、Passport の開発キット v1 が2026年10〜12月期、Passport v2 が2027年1〜3月期に置かれています。
「最もふさわしい答え」と言える理由、まだ言えない理由
SIPO は、漏えいが続く時代の答えとして、Midnight が最もふさわしいものになる可能性があると見ています。その理由は三つです。
一つ目は、規制との両立を最初から設計していることです。Midnight が10月に公開したロードマップは、7つの領域の最初に、機関による発行と決済を置いています。銀行が預金をトークンにして発行するための雛形が10〜12月期、監査人と規制当局に読み取りだけの権限を渡す閲覧鍵が2027年1〜3月期に並びます。隠すだけのチェーンでは、規制のある金融や本人確認の現場には入れません。見せる相手と範囲を選べることが、預かる仲介者の代わりを務める条件です。
二つ目は、既存のチェーンの資産と利用者を連れてこられることです。Nightmode は資産を元のチェーンに残したまま秘匿を使わせ、Dynamic はメールのログインから入口を作ります。利用者に乗り換えを求めず、今いる場所に秘匿を届ける作りです。
三つ目は、運営を広げる道筋があることです (次の章で見ます)。
比べる相手も、中立に並べておきます。取引そのものを隠す設計のチェーンには Zcash などがあります。公開のチェーンの上でゼロ知識証明を使う仕組みも増えています。事業者の側でデータを減らす技術として、パスワードを預けないパスキーも広がっています。優劣の話というより、何を隠して、何を示すかの設計が違います。Midnight は「データは隠し、条件と、必要な相手への開示は示す」側に立っています。
一方で、まだ言い切れない理由もはっきりしています。
- 取引の内訳が見えない。100万件のうち、どれだけが本人確認や支払いのような実需なのかは、公式の数字では分かりません
- ブロックの生成は、まだ限られた運営者が担っている
- 耐量子への備えは、物差しづくりの段階にある。Midnight の証明の仕組みは、量子計算機への備えを証明の層でも考える必要があり、10月19日の Deep Dive で見た Quantum Alliance の作業はこれからです
- 規制の側が、選択的開示をどこまで受け入れるかは決まっていない
- 鍵やウォレットの基盤が少数の事業者に寄れば、預け先が名前を変えただけになる
「最もふさわしい」は、今日の結論ではありません。利用の中身、運営の分散、規制との両立が揃ったときに成り立つ見通しです。そして、その条件の一つは Cardano の側にあります。
Cardano と SPO から見る、分散が答えの一部になる
Midnight のロードマップは、ブロックの生成を段階的に広げる工程を示しています。2026年10〜12月期に、ブロックを作るプールの運営者が NIGHT の報酬を受け取る仕組みと、合意の方式を Aura から BABE へ段階的に移す作業が入ります。2027年1〜3月期には、Cardano のステークプールの運営者 (SPO) が Midnight のブロック生成に加われるようになり、NIGHT を持つ人がプールに委任するステーキングも始まる予定です。ロードマップは、この工程を「どの単一の当事者への依存も減らす (reduces reliance on any single party)」と説明しています。
これは、漏えいの問いとも直結します。データを預からない仕組みでも、運営が少数に寄れば、その少数が新しい仲介者になります。Cardano の分散したプールへ運営が広がることは、Midnight が「預けずに確かめる」基盤として信頼されるための条件の一つです。いずれも予定であり、時期は今後の告知で確かめていく必要があります。
次に見るもの
- Midnight の月報「State of the Network」11月号 — 取引の件数や内訳が、公式の数字として示されるか
- Midnight Passport の開発キット — ロードマップ上の10〜12月期に、実際に公開されるか
- ロードマップのページ (midnight.network/roadmap) — 1〜3月期の SPO のブロック生成に向けて、参加の条件や手順が書き加えられるか
- 政府の緊急対策パッケージ — 来週中をめどに取りまとめると表明されたもので、預かるデータを減らす設計に触れるか
漏えいの時代に要るのは、より強い金庫だけではありません。金庫に入れるものを減らす設計です。Midnight がその設計の担い手になれるかどうかは、これからの数か月の、使われ方と運営の広がりで見えてきます。
ことば
- 選択的開示 — データの中身は見せずに、相手が確かめたい条件や必要な部分だけを示すこと。Midnight はゼロ知識証明でこれを実現し、監査人や規制当局に閲覧鍵を渡す仕組みもロードマップに置いています。
- DUST — NIGHT を持っていると自動で生まれる、Midnight の手数料とスマートコントラクトの実行に使う資源。人には渡せず、使うと NIGHT の保有量に応じて回復し、使わないと減っていきます。
- パーミッションレス — 事前の許可や審査なしに、誰でもコントラクトを公開できる状態。Midnight のメインネットでは2026年9月28日から、Preprod での審査なしに公開できるようになりました。
一次ソース / 関連リンク
- Midnight 公式サイト (選択的開示の説明)
https://midnight.network/ - NIGHT トークンの公式説明 (unshielded・DUST の生成)
https://midnight.network/night - Midnight ロードマップ
https://midnight.network/roadmap - State of the Network — October 2026 (Midnight・2026年10月27日)
https://midnight.network/blog/state-of-the-network-october-2026 - State of the Network — September 2026 (Midnight・2026年9月28日)
https://midnight.network/blog/state-of-the-network-september-2026 - Nightmode enables cross-chain privacy (Midnight・2026年10月20日)
https://midnight.network/blog/nightmode-enables-cross-chain-privacy - Connecting Midnight wallets made simple with Dynamic (Midnight)
https://midnight.network/blog/connecting-midnight-wallets-made-simple-with-dynamic - Using Midnight embedded wallets (Dynamic のドキュメント)
https://www.dynamic.xyz/docs/react/wallets/using-wallets/midnight/midnight-embedded-wallets - ShadowLabz のデプロイ申請書 (Midnight Improvement Proposals)
https://github.com/midnightntwrk/midnight-improvement-proposals/blob/main/deployments/shadow-labz.md - Midnight Explorer (TexLabs・コミュニティの集計)
https://www.midnightexplorer.com/ - Midnight Explorer の説明 (Midnight のドキュメント)
https://docs.midnight.network/sdks/community/midnight-explorer - IOG 公式 X の告知 (メインネットの取引100万件)
https://x.com/IOGroup/status/2115130924287644054 - 佐川急便 お荷物問い合わせサービスへの不正アクセス 第5報
https://www2.sagawa-exp.co.jp/information/detail/430/ - ユミルリンク Cuenote FC への不正アクセス 第二報
https://www.cuenote.jp/information/news/unauthorizedaccess2.html - 首相官邸 サイバーセキュリティに関する関係閣僚会議 (2026年10月26日)
https://www.kantei.go.jp/jp/105/actions/202610/26kaigi_cyber.html - Keystone 公式 X の告知 (2026年10月25日)
https://x.com/KeystoneWallet/status/2114054080754770137 - SIPO.TOKYO:ShadowLabz、TOKEN2049 で Midnight の秘密投票を実演 (2026年10月27日)
https://sipo.tokyo/signal-20261027-dbf7d9a2/ - SIPO.TOKYO:Midnight の取引100万件、直近1週間で3分の1 (2026年10月28日)
https://sipo.tokyo/signal-20261028-b54bb48e/ - SIPO.TOKYO:Keystone 公式サイトに不正アクセス、購入者の配送情報が流出 (2026年10月26日)
https://sipo.tokyo/signal-20261026-df62b169/ - SIPO.TOKYO:Midnight、他チェーンの資産を秘匿する Nightmode を発表 (2026年10月21日)
https://sipo.tokyo/signal-20261021-33684733/ - SIPO.TOKYO:Fireblocks 傘下の Dynamic、組み込みウォレットで Midnight に対応 (2026年10月22日)
https://sipo.tokyo/signal-20261022-b14c00fd/ - SIPO.TOKYO:Midnight ロードマップ、NIGHT ステーキングは2027年1〜3月期 (2026年10月14日)
https://sipo.tokyo/signal-20261014-f9aadbba/ - SIPO.TOKYO:Quantum Alliance 発足、Midnight が耐量子の物差しづくりへ (2026年10月19日)
https://sipo.tokyo/deep-dive-20261019-fa7af449/
