カルダノR&Dセッション(2025年8月)レポート
技術検証の最前線 ── OuroborosからSnarks、Minotaur、Cavefishまで
2025年8月に開催された Cardano R&Dセッション では、IOG(Input Output)のR&Dイノベーションチームが登壇し、進行中の技術検証ワークストリームを一挙に紹介しました。本稿では、その内容を整理してお届けします。
研究ビジョンとR&Dの役割
IOGは2030年に向けた5年間の研究ビジョンを掲げており、9つの重点領域と34の研究ストリーム を設定。その中から優先テーマを選び、研究→技術検証→エンジニアリング実装という流れで進めています。
技術検証の目的は、
- 研究成果を現実的な製品へ橋渡しすること
- 実装段階でのリスクを最小化すること
- 形式手法や暗号技術を用いて安全性を最初から証明すること です。
各ワークストリーム紹介
1. Ouroboros Praos Anti-Grinding 対策
- ナンス生成におけるバイアス攻撃を防ぐため、攻撃者の計算コストを10倍以上に増加。
- 結果として、セキュリティ強化だけでなく、ブロック確定時間を20〜30%短縮可能に。
- プロトタイプとCIPがすでに公開済み。
2. Joltion Liveness
- パートナーチェーン向けのコンセンサス「Joltion」の Liveness(生存性)証明を機械化。
- 安全性の機械化証明はすでに公開済みで、現在はLivenessに取り組み中。
- Substrate上でのプロトタイプを進め、商用基盤に耐える実装を目指す。
3. Snarks / Halo2検証
- Halo2証明をPlutusスマートコントラクトで検証可能にする最適化を実証。
- ATMS署名の検証をメインネットでデモ。
- オンチェーンのボトルネックである「MSM演算」を組み込み命令にするCIPが承認され、Plutusに実装予定。
4. Proof of Restake / Minotaur
- 新規PoSチェーンの「コールドスタート問題」を解決するため、既存チェーン(CardanoやEthereum)の資産を仮想ステークとして利用。
- セキュリティを外部チェーンから借り受ける「Restaking」の仕組みを導入。
- プロトタイプ完成済みだが、理論研究の進展待ちで現在は一時停止。
5. Cavefish(ライトクライアント基盤)
- フル同期不要でトランザクションを構築できるライトクライアント・プロトコル。
- サービスプロバイダーが代理でトランザクションを構築し、その報酬をトランザクション内で直接支払うモデル。
- ゼロ知識証明と新しい署名方式を活用し、通信効率とプライバシーを両立。
6. Committee Proofs(新規提案)
- パートナーチェーンとカルダノ間のクロスチェーンブリッジを実現するための仕組み。
- 委員会交代を「信頼の鎖」で証明し、Snarksで署名を集約。
- 委員会の大規模化に対応し、信頼最小化された相互運用を可能にする。
次回セッションの予告
9月のR&Dセッションは Ouroborosプロトコル に焦点を当て、特に Leios の研究からエンジニアリングへの移行を中心に取り上げます。すでにCIP提出準備が進んでおり、テストネット→メインネット実装へと進む重要な段階に差し掛かっています。
まとめ
今回のセッションでは、カルダノの安全性・相互運用性・スケーラビリティを強化する最先端の取り組みが示されました。
Anti-Grindingによるプロトコル強化、JoltionのLiveness検証、Halo2 Snarksの応用、Restakingによる新しいセキュリティモデル、ライトクライアントCavefish、そしてCommittee Proofsによるクロスチェーン接続──いずれもカルダノが次世代ブロックチェーンの標準へと進化するための重要なステップです。
以下は動画「Cardano Technology Validation | August Cardano R&D Session」の内容を翻訳したものです。
Cardano Technology Validation | August Cardano R&D Session:動画翻訳
第1部:イントロダクションと研究ビジョン
みなさん、カダノR&Dセッションの第3回へようこそ。私はファーギー・ミラーと申します。
Input Output の研究パートナーシップ部門のディレクターを務めており、Intersect のプロダクト委員会の下にあるリサーチ・ワーキンググループの立ち上げにも関わっています。
このR&Dセッションは毎月第1火曜日に開催され、カダノ・コミュニティからゲストスピーカーを招き、研究主導のテーマについて議論します。
今回8月は、Input Output のR&Dイノベーションチームを迎え、現在進行中の技術検証(Technology Validation)のワークストリーム・ポートフォリオを紹介します。
なお、9月のセッションではOuroborosプロトコルに焦点を当て、特にLeiosが研究からエンジニアリングへと引き継がれるプロセスを取り上げる予定です。そのため、今日はそれには触れませんが、他の進行中のストリームについての概要と最新情報をお届けします。まもなく同僚のデイビッド・ロサレスにバトンタッチし、プログラムや各ワークストリームのリードを紹介します。
最後のワークストリーム「Committee Proofs」は現在コミュニティに提案中で、フィードバックを募集しています。質問の時間も設けますので、質問のある方は画面下部の「Activities」タブのQ&Aツールからご投稿ください。可能な限り回答します。
始める前に、Input Output Research が描く「Cardano Vision 提案」の全体像を簡単にご紹介します。
これは2030年までを見据えた5年間のビジョンで、戦略的研究アジェンダに基づいて進められます。IOはこのアジェンダに沿ってシステムを構築します。
このビジョンは9つの重点分野に分かれており、その下に34本の研究ストリームがあります。それを毎年のワークプログラムに落とし込み、2025年がその初年度となります。この年は20の研究と少なくとも6つの技術検証ストリームを優先しました。
この9つの重点分野には、Ouroborosやスマートコントラクトに加え、トークノミクス、アイデンティティ、Democracy 4.0、Hydraとレイヤー2、インターチェーン、ゼロ知識、ポスト量子暗号などが含まれています。
私たちは「エビデンスに基づく手法」を採用しています。まず研究段階で論文と技術的成果物を公開し、その後イノベーションチームに渡して技術検証を行います。本日の焦点はまさにこの部分です。そして最終的に、技術検証チームが成果をコミュニティのエンジニアリングチームに引き継ぎ、実装に至ります。
最後に、今日の時点でお伝えしたいのは、IOの提案に対する財務引き出し投票が、DRepと憲法委員会の両方から67%以上の支持を得たということです。これは私たちにとって大きな信任であり、決して軽視しません。皆さんの支援に心から感謝します。私たちはまだスタート地点に立ったばかりであり、これからも努力を続けます。
では、ここからデイビッドに引き継ぎ、技術検証のワークストリームについてご説明します。
第2部:技術検証の方法論と目的
では、ここからは IOGにおける技術検証(Technology Validation)の方法論 について説明します。
まず理解すべきは、R&Dイノベーション部門の目的です。
私たちの主な目標は次の3つです:
- プロダクト開発の基盤となる重要な役割を果たすこと
- 研究成果をエンドユーザーに迅速に届けること
- 実装段階での失敗リスクを軽減すること
このプロセスは、コンセプトから実際に動く製品へと移行する際に、できる限りスムーズになるよう設計されています。
これを実現するために、IOGでは「エビデンスに基づく方法論(Evidence-Based Methodology)」を採用しています。
従来のソフトウェアテストとの違い
従来型のソフトウェアテストでは、Web3に特有の課題に十分対応できません。分散型システムは複雑な失敗や多様な攻撃ベクトルに特に脆弱だからです。
そこで私たちは、形式手法(Formal Methods)や暗号モデルを駆使し、システムの安全性と信頼性を最初から厳密に証明する手法を採用しています。
プロセスの特徴
この検証プロセスは 反復的(Iterative)かつ協調的(Collaborative) です。暗号学、形式手法、シミュレーション、プロトタイピングといった複数の専門分野を統合し、安全かつ実用的なシステムを構築します。これにより、開発ライフサイクルの初期段階で欠陥を発見し、継続的な改善を可能にし、高コストな問題を未然に防ぐことができます。
イノベーション段階の役割
イノベーション段階は、研究と最終実装の橋渡し という重要な役割を果たします。
この段階では、イノベーションチームが研究チームや実装チームと協力し、前提条件を検証し、仕様を定義し、リファレンス実装やテストプロトタイプといった重要な成果物を作成します。
さらに、この協働プロセスには フィードバックループ が含まれており、ソリューションを洗練し、既存システムへの統合準備を整えます。最後に 振り返り(Retrospective) を行い、将来の反復作業を改善します。
成果物と仕様
スライドにあるフロー図を見ると、これらの要素がどのように連携するかが理解できます。
形式手法・プロトタイプ・シミュレーションの成果は、設計や実装の妥当性を裏付ける証拠となります。仕様は設計の明確な記述であり、研究者やエンジニアとの議論を効率化するものです。
- 形式仕様:詳細かつ技術的であり、最終実装の受け入れ基準としても機能します。
- CIP(Cardano Improvement Proposal):技術的ですが詳細度は低めで、変更の必要性を正当化し、議論やコミュニティ承認の焦点となります。
こうした成果物が、R&Dイノベーション活動の最終ステージにおいて重要な役割を果たします。
ワークストリームの選定
ワークストリームの選定は非常に重要なプロセスです。すべてのプロジェクトは「Cardano Vision 2025」と整合していなければなりません。
意思決定は孤立して行うものではなく、Intersect のプロダクト委員会、テクニカルストリーム委員会、そして最も重要なのは Cardanoコミュニティ との協議を通じて行われます。
例えば「Committee Proofs」や「ライブラリ基盤の開発」などのプロジェクトは、コミュニティが特定した重要課題に直接対応するものであり、この協働プロセスの成果です。
プロジェクトのクロージング
最後に、ライフサイクル全体を通して 透明性 を重視しています。各プロジェクトの進捗や成果は継続的にコミュニティへ共有されます。
プロジェクトが完了に近づくと、イノベーションチームは正式な ハンドオーバー を実施し、成果物や文書をコミュニティや将来のエンジニアリングチームに引き渡します。これによりスムーズな移行が保証され、プロジェクトを実現へと導きます。
最新の技術検証ワークは、オープンリポジトリや毎月のビデオ・配信更新を通じて共有され、関心ある人は誰でも参加可能です。
第3部:ワークストリーム① Anti-Grinding 対策
では最初のワークストリーム「Ouroboros Praos with Anti-Grinding」について、ラファエルに説明をお願いします。
皆さん、こんにちは。私はラファエルです。
このプロジェクトの暗号学者として「Ouroboros Praos Anti-Grinding」に取り組んできました。
このプロジェクトは2023年10月に始まり、これまでに約9か月間、フルタイム換算で数名規模のチームで進めてきました。
リサーチ成熟度レベル(RSL)は、レベル2(概念化段階)から完全なプロトタイピングまで進展しています。
プロジェクトの目的
Ouroboros Praos のセキュリティを高めるため、Anti-Grinding攻撃の計算コストを増大させることを目標としました。
Praosでは、ランダムなナンス(nonce)に依存しますが、残念ながらその生成アルゴリズムには偏りがあり、特定の状況では攻撃者がナンスを操作できます。
例えば、攻撃者が「次のエポックで最も高い報酬を得られる乱数」を選べてしまう可能性があります。
私たちが選んだ解決策は、ナンスを試すごとの計算コストを高めることです。これにより攻撃の複雑さは10倍以上に増大しますが、暗号関数を活用することでネットワーク全体には許容可能な負担に抑えられます。
具体的には 非対称暗号(Asymmetric Cryptography) を活用し、攻撃者が必要とする計算量を正規ノードよりもはるかに大きくする設計にしました。
メリット
- セキュリティ向上:攻撃者がナンスを操作する難易度を飛躍的に高める。
- ブロック最終性の短縮:攻撃リスクが減るため、ブロックの確定時間を20〜30%短縮できる。
作業の流れ
- まず攻撃が可能かどうか、その条件や発生確率を分析し、問題定義(CPS: Cardano Problem Statement)文書を公開。
- 続いて解決策を設計・開発・プロトタイピング・ベンチマーク。
- その成果を CIP(Cardano Improvement Proposal) として提出。
- プロトタイプと仕様書を作成。
現在の進捗
- CPS文書:完成済み
- CIP:1週間前に提出済み
- 暗号プロトタイプ:実装・ベンチマーク済み、オープンソース化済み
- 仕様書:最終的な更新作業中
- ブロック最終性への影響:現在レビュー中
これで「Anti-Grinding 対策」プロジェクトの紹介は以上です。ありがとうございました。
第4部:ワークストリーム② Joltion Liveness
次はドミニクから「Joltion Liveness」について説明します。
みなさん、こんにちは。ドミニク・ザコフスキです。
ここでは Joltion Liveness ワークストリーム の概要をご紹介します。
Joltionとは?
Joltionは、サブストレート基盤のパートナーチェーン・プラットフォームに採用されたコンセンサス・プロトコルです。
この研究はすでに1年以上にわたり続けられており、いくつかの成果が出ています。中でも大きな成果は、安全性の機械化証明(Mechanized Safety Proof) を完成させたことです。これは2025年3月末に実現しました。
その後、次の段階として Liveness(生存性) の検証に進みました。
なぜLivenessが重要か?
コンセンサス・プロトコルにおいて「安全性(Safety)」と並んで「生存性(Liveness)」は重要な性質です。
Livenessとは、分散システムにおいて複数のバリデータや参加者が最終的に合意に到達できる性質を意味します。
例えば、チェーンの状態に関する情報をノード全体で合意できるかどうか。
我々の立場からすると、Livenessは プロトコルが正常に機能する境界条件を定義する要素 であり、ここを明確にすることで、極端な状況下でも完全崩壊を避ける戦略を考案できるのです。
そのため我々は Liveness証明を機械化(Mechanized Liveness Proof) することを目標にしています。これにより、単なる理論研究から一歩進み、実運用でのリスク低減につながります。
従来との差別化(イノベーション)
外部にもいくつかのJoltion実装があります(ConcordiumやOpto Joltionなど)。
これらは研究論文を直接読み込み、そのまま実装したものです。つまり「論文は正しい」という前提で進めています。
私たちが行っている革新は、研究論文と実装の間に「形式モデルと機械化証明」という層を挟むことです。
これにより、実装を論文の定義にさらに近づけることができ、信頼性が向上します。これが我々の提案する価値です。
進捗状況
- 安全性の機械化証明:すでに研究論文として公開済み、証明コードもGitHubで公開済み。
- 工学的検証:シミュレーションやPoCを内部で実施。モデル・証明・論文を実際に動くコードに結び付け、正しさを自分たちで検証。
- Liveness証明の検証:2025年第2四半期に、Liveness証明の機械化が実現可能であることを確認済み。今後2四半期にわたり本格的に取り組み、実現可能性に自信を持っている。
プロトタイプ
Joltionはパートナーチェーン向けのコンセンサスなので、Substrate基盤で動作するプロトタイプも開発しています。
これにより、理論モデルに忠実な形でSubstrate上に実装されることになります。
今後の成果物
- 新たな研究論文:Liveness証明の成果をまとめる予定。
- 検証ツール:稼働中ノードの動作を検証する「検証適合スイート(Verification Conformance Suite)」を開発予定。
- パートナーチェーンでの実運用:最終的にはパートナーチェーンの商用基盤として利用される予定。
まとめ
私たちはすでに安全性証明を達成し、Liveness証明も技術的に可能であることを確認しました。年内に完成するかどうかは保証できませんが、順調に進んでいます。最終的にはパートナーチェーンの強固な基盤を提供することが目標です。
第5部:ワークストリーム③ Snarks / Halo2 検証
次はディミトロから、Snarksに関する研究についてです。
みなさん、こんにちは。私はディミトロで、IOGのテクニカルアーキテクトです。
今回は Snarksワークストリーム の取り組みをご紹介します。この研究は主に Halo2 Snark をカルダノ上で活用することに焦点を当てています。
このワークストリームは2024年に始まり、現在までにいくつか有望な成果が出ています。
Snarksとは?
Snarks(Succinct Non-interactive ARguments of Knowledge)は、複雑な主張を詳細を明かさずに証明できるシステムです。
例えば「このハッシュ値がブロックチェーンの状態を表している」ということを、実際の全データを公開することなく小さな証明で確認できます。
これにより、以下のような応用が可能になります:
- トラストレスなゼロ知識ブリッジの構築
- ZK Rollups の開発
- プライバシー保護型アプリケーションの実現
Halo2は特に効率的で短い証明を生成できるモダンなスキームであり、オンチェーン利用に適しています。
課題
Halo2の検証は通常のマシンではミリ秒単位で可能ですが、そのままPlutusに移植すると計算コストが高すぎ、オンチェーン実行が困難です。
そこで、カルダノ上での実用性を検証するため、最適化を施しつつ 「Halo2の証明をPlutusスマートコントラクト内で検証できるか」 を調査することが本ワークストリームの目的でした。
成果
- PoCのHalo2検証器を実装
- 単純なサーキット向けに検証器を作成し、オンチェーンでの実行が可能であることを確認。
- Rustで記述されたサーキットから自動的にPlutusコードを生成するツールを開発
- これにより、複数の証明を容易にテスト可能となった。
- 代表的な応用例:ATMS署名の検証
- ATMSはしきい値マルチシグスキームで、ブリッジなどに有効。
- 実際にメインネットでPoCデモを行い、Plutus上でHalo2によるATMS署名検証が可能であることを確認。
- ボトルネックの特定とCIP提案
- オンチェーン検証の中で特に重い処理「Multi-Scalar Multiplication (MSM)」を特定。
- MSMを組み込みサポートするCIPを提案し、Plutusチームに採用された。
- 再帰証明(Recursive Proofs)の実験
- Halo2用の効率的なペアリング検証チップを開発し、実用的な再帰証明の構築に貢献。
現在の状況
- このワークストリームはほぼ完了。
- 成果物はオープンソース化に向け準備中。
- プロトタイプではあるが、コミュニティがHalo2証明を使った応用を試せる段階に到達。
- 提案したMSMの組み込みサポートは受理され、Plutusチームによって実装中。近く改善が享受できる見込み。
以上です。ありがとうございました。
第6部:ワークストリーム④ Proof of Restake / Minotaur
こんにちは。私はアレックス・アリーナです。
Proof of Restake ワークストリーム(通称 Minotaur) のアーキテクトを務めています。
Minotaurとは?
Minotaurは新しいコンセンサスプロトコルであり、先ほどドミニクが紹介した Joltion を拡張したものと位置づけられます。
私たちが解決しようとした課題は、新しいProof of Stakeチェーンが直面する コールドスタート問題 です。
立ち上げ当初のチェーンはネイティブステークが少なく、一部の参加者に偏っているため、安価に攻撃されるリスクがあります。
Minotaurはこれを解決するため、既存の成熟したネットワーク(CardanoやEthereum) の経済的セキュリティを新チェーンに活用できる仕組みを導入しました。
核となるアイデア:バーチャルステーク(Virtual Stake)
- 参加者は既存チェーン上の資産を新チェーンに移動させる必要がなく、保有資産を担保に「仮想的なステーク」として利用可能。
- これにより、新しいチェーンを安全に立ち上げながら、追加の「リステーキング報酬」を得ることができます。
我々はこの仕組みを マルチチェーン・マルチアセット対応の一般化プロトコル として設計し、これを Proof of Restake と呼んでいます。
さらに、Minotaurにはクロスチェーン環境に対応した包括的な Fault Proof(不正検知・罰則機構) が組み込まれており、正直な参加者にインセンティブを与え、不正行為者を罰することで、新チェーンを安全に立ち上げられるようにしています。
プロジェクトの進捗
これまでに以下の成果を達成しました:
- プロトコル設計の形式化
- Rustでコアライブラリを構築
- シミュレーション環境での委員会選定メカニズムの検証(Joltionを利用)
- CardanoとEthereumから状態をトラストレスに読み取るPoCコネクタを開発
- ただし、Cardanoのブロックヘッダーには「Merkleコミットメント」が不足しているという課題を発見 → 「Cardano SE」を設計して対応。
- さらに、ブロックヘッダーをMitralで証明しようとしたが、この用途には未対応であることが判明し、課題を報告。
- AGDAで初期的な形式モデルを作成
- 将来的に完全な安全性・Liveness証明を導くための準備段階。
現在の状況と今後
- プロジェクトは ソフトウェア成熟度レベル4 まで進み、プロトタイプを完成。
- 技術的に「Minotaurコンセプトの実現可能性」を証明済み。
しかし、エンジニアリング作業が理論研究や安全性証明の進展を追い越してしまったため、現在は 一時停止状態 にしています。
これは「不安定な基盤の上に開発を進めない」ための判断であり、長期的なリスクを回避し、リソースを効率的に活用するためのものです。
研究が完了次第、イノベーションチームはすぐに作業を再開できる準備を整えています。
以上です。ありがとうございました。
第7部:ワークストリーム⑤ Cavefish / ライトクライアント基盤
次はニコラスから、新しい取り組み「Cavefish」について説明します。
こんにちは、みなさん。
私はイノベーショングループのテクニカルアーキテクト、ニコラス・エナンです。
本日は新たに始動した「Cavefish(ケイブフィッシュ)」というイニシアチブをご紹介します。
これは、カルダノ上で リソース効率的かつトラスト最小化された形でトランザクションを構築することを目的としたライトクライアント・プロトコル です。
この取り組みは今月から正式に開始され、6か月間かけて 理論からプロトタイプへ と進め、実際の有効性を検証し、将来的な統合を視野に入れています。
Cavefishとは何か?
Cavefishは、UTXOベースのブロックチェーン(CardanoやBitcoinなど)向けに設計されたライトクライアント・プロトコルです。
利用者は フル同期や台帳全体の状態を知ることなく、トランザクションを構築・送信できます。
これは、モバイル端末やIoTなどリソースの限られた環境にとって大きな転換点(Game Changer)です。
プロトコルは クライアント・プロバイダーモデル を採用しています。
ライトクライアントはトランザクション構築をサービスプロバイダーに委任し、その報酬はトランザクション内で直接支払われます。
なぜ今、Cavefishなのか?
台帳のボリュームが増加する中、特にLeiosのようなアップデートにより、ライトウェイトな相互作用は「便利」ではなく「必須」になりつつあります。
現在の代替手段は、
- 強い信頼依存に基づくもの
- またはリソース制約環境にとって重すぎるもの
Cavefishはこれを解決し、通信効率が高く、信頼を最小化した、トランザクション構築に特化したソリューション を提供します。
なお、データクエリ(ライトクライアントのもう一つの重要要素)は今回の範囲外であり、今後の課題としています。まずは「トランザクション構築」に絞って進めます。
技術的な特徴
Cavefishの独自性は、その基盤となる暗号技術にあります。
- ゼロ知識証明(ZKP) を活用
- ウィークリー・ブラインド述語シュノア署名(Weekly Blind Predicate Schnorr Signatures) という新しい形式を採用
これにより、次のことが可能になります:
- 最小限の信頼と通信での2者プロトコル
- 投稿前までプライバシーを保持
- 最終的には有効なUTXOトランザクションを生成
端的に言えば、ユーザーは「自分がしたいこと」を記述するだけで、Cavefishが安全かつ効率的に残りを処理してくれる仕組みです。
ワークプラン
作業計画は5つのトラックに分かれています:
- ユースケース定義
- 支払い・ミンティングなど、最小限かつインパクトのある取引タイプを特定。
- プロトタイピングとベンチマーク
- 論文の実装に基づき、基本的なUTXOトランザクション用のミニマルなプロトタイプを構築。
- CircomとGroth16を用いて性能をベンチマーク。
- サービスプロバイダーの報酬設計
- 報酬をトランザクション内に直接埋め込み、公平に補償しつつフリーライドを防止。
- セキュリティプロトコルの形式化
- AGDAを用いて形式的に検証。正しさ、安全性、「投稿までプライベート」の保証を含む。
- トランザクション機能の拡張検討
- 将来的にスマートコントラクトとの相互作用をサポートする可能性を評価。
成果物
- ユースケース、スマートコントラクト拡張範囲、報酬設計に関する文書
- 最小限のプロトタイプ
- ベンチマーク結果とサポートツール
これらにより、Cavefishプロトコルを実環境で検証し、カルダノ基盤への統合準備を進めます。
Cavefishは小さなプロトコルですが、大きな意味を持ちます。
これからコンセプトからプロトタイプへ進める中で、その価値を実証していきます。
第8部:ワークストリーム⑥ Committee Proofs / 新規提案
最後に、新しい提案ワークストリームとして Committee Proofs をご紹介します。これは現在、チームが掘り下げているテーマで、カルダノ・エコシステムに大きな価値をもたらす可能性があります。
こんにちは、再びディミトロです。
ここでは新しいワークストリームの提案「Committee Proofs」について紹介します。
背景
これまでのSnarksワークストリームでは、Halo2証明をカルダノ上で検証できるツールを開発してきました。
今後はそのツールを応用し、カルダノとパートナーチェーン間のトラストレスなクロスチェーンブリッジ を実現するユースケースに焦点を当てたいと考えています。
これにより、ZKベースのクロスチェーンブリッジを TRL6レベル(テストネット試作段階) まで進めることを目標としています。
期間はおおよそ3~4か月を想定しています。
技術的な課題
パートナーチェーンは、IOGが開発する「並列に稼働する特化型ブロックチェーン」で、カルダノのセキュリティ特性を活用できます。
これらはBFT型コンセンサスを採用し、カルダノのステークプールオペレーター(SPO)から構成される 委員会(Committee) が一定期間ごとに交代して運営します。
クロスチェーンブリッジを構築するには、カルダノが「現在パートナーチェーン側でどの委員会が有効なのか」を常に正確に把握できる必要があります。
そうでなければ、パートナーチェーンから送られてくるメッセージや署名をカルダノ側で検証できないからです。
解決アプローチ
このワークストリームでは、「チェーン・オブ・トラスト(Chain of Trust)」方式 を用いて委員会の交代を証明する仕組みをプロトタイプ化します。
- 現在の委員会が、次の委員会の公開鍵に署名する
- それを連鎖させて「検証可能な信頼の鎖」を構築する
このアイデアはもともと「Proof-of-Stake Sidechains」の論文で提案されましたが、私たちはこれを実用的に実装に落とし込もうとしています。
また、委員会のサイズが数百~数千ノードに及ぶ場合もあるため、Snarksを用いて署名を集約 することで、検証を効率化する予定です。
これにより「委員会のしきい値署名が確かに存在する」ことを簡潔に証明できます。
作業計画
- Substrateの「Beefy Bridge Gadget」統合
- 現委員会の署名を収集するための仕組みを組み込む。
- 署名の集約
- Halo2を利用して署名を1つの証明にまとめる。
- カルダノ側スマートコントラクト
- 上記の証明を検証し、委員会交代を追跡できるスマコンを実装。
- 形式的検証
- プロトコルを形式化し、その性質を証明。
これにより、カルダノとパートナーチェーン間において 安全でトラストレスなクロスチェーンブリッジ を構築する基盤が整います。
まとめ
このCommittee Proofsは、Snarksの研究成果を実際のユースケースに応用する次のステップです。
クロスチェーン通信を実現する上での鍵となる要素であり、カルダノの相互運用性を大きく前進させると考えています。
第9部:クロージングと次回予告
ファーギー:
デイビッド、そしてチームのみなさん、発表ありがとうございました。
現時点で質問は見当たりませんが、質問したい方は画面下部の「Activities」アイコン(9つの点が四角形になっているもの)からQ&Aオプションを選んで投稿してください。
今回ご紹介した「Committee Proofs」はまだ提案段階のワークストリームです。
前回「ライトクライアント(Cavefish)」を提案したときも、春にプロダクト委員会へプレゼンを行い、デューデリジェンスを経て進めました。
今回はより直接的にコミュニティに話をしており、この提案についてもカルダノフォーラムに詳細を掲載し、議論を招待する予定です。
また、これまでのR&Dセッションと同様、今回のプレゼンテーションもビデオクリップや資料をカルダノフォーラムに公開していきます。
コミュニティが自由にアクセスできる形にしますので、ご確認いただければと思います。
次回セッションについて
次回(9月)のセッションは Ouroborosプロトコル をテーマにします。
- 6月はレイヤー2とHydra
- 7月はトークノミクス
- 8月の今回は技術検証 と、ステージ別にフォーカスしてきましたが、9月は再びテーマ型に戻り、Ouroborosを中心に扱います。
具体的には:
- 「Cardano Vision」に含まれるOuroboros関連の約8つの研究ストリームの概要紹介
- Ouroboros Leios に特化した専用セッション
Leiosの研究・イノベーションR&Dストリームは終了間近で、現在エンジニアリングへの引き継ぎ準備に入っています。
すでにIOG Core Techエンジニアリングのメンバーもプロジェクトに参加しており、CIPも8月末から9月初旬にはGitHubにドラフトを提出予定です。
その後、正式なプロセスを経て最終的に実装チームにハンドオーバーされ、TRL5(テストネット準備段階)へ進み、テストネット、そしてメインネット実装へと向かっていきます。
クロージングメッセージ
質問がこれ以上なければ、このセッションはここで終了とします。
みなさん、お忙しい中ありがとうございました。8月は休暇シーズンであり、さらに多くの方がラスベガスのRare Evoに向けて移動中かと思います。
発表準備に尽力してくれたデイビッドとR&Dチームに感謝します。
内容は盛りだくさんでしたが、今後カルダノフォーラムを通じて共有していきます。
それでは、皆さん良い一日を。ありがとうございました。
























