カルダノにゼロ知識証明をもたらす「Halo2-Plutus Verifier」とは
プライバシー・スケーラビリティ・相互運用性を支える新たな技術基盤
はじめに
ブロックチェーン技術が進化を続ける中で、「ゼロ知識証明(Zero-Knowledge Proof, ZKP)」は、個人情報や取引内容を開示せずに正当性だけを証明できる革新的な暗号技術として注目を集めています。
そんなZKPをカルダノに導入するためのオープンソースプロトタイプが「Halo2-Plutus Verifier」です。
Halo2-Plutus Verifierとは?
「Halo2-Plutus Verifier」は、IOGの研究開発部門であるInput Output Research(IOR)が中心となって開発したツールで、ZK証明システム「Halo2」をカルダノのスマートコントラクト言語Plutusに統合することを目的としています。
このツールにより、プライバシーを保ちながらオンチェーンでのZK証明の検証が可能になります。とくに、カルダノとMidnight間のzkブリッジにおいて、信頼性の高い証明システムとして活用されることが想定されています。
プロジェクトの背景と協力体制
このプロジェクトは、IOR・Intersect・技術運営委員会(TSC)の三者による共同プロジェクトであり、IORの2025年提案に含まれる「RSnarks」ワークストリームの一環として進められています。
開発には応用暗号の専門家が深く関与しており、特にペアリングチェックアルゴリズムのBN256からBLS12-381への適応により、再帰的な証明(recursive proofs)の検証が可能となりました。また、MidnightチームおよびPlutusチームとも連携し、現実的なユースケースに沿った設計が行われています。
主な技術的成果と機能
- Plinth向けの検証コードの自動生成 Halo2の回路定義から、Plinthスマートコントラクトに適したHaskellコードを自動で生成できます。
- ATMS(Ad-Hoc Threshold Multisignatures)への対応 Midnight zkブリッジで重要なマルチ署名のZK検証を実現。
- 形式検証(Formal Verification) EasyCryptを用いて、非ネイティブ算術演算(FFA)の健全性と完全性を証明。
- MSM(Multi-Scalar Multiplication)最適化のためのCIP-133 PlutusにMSMビルトイン関数を追加し、Halo2プロトコルのパフォーマンスを大幅に改善。
- 再現性ある開発環境の提供 NixとCabalを用いて、依存関係とビルドプロセスを標準化。
このプロトタイプがもたらす意義
Halo2-Plutus Verifierは、以下のような点でカルダノエコシステムに革新をもたらします。
- プライバシーを保ったDAppの構築 例:取引金額を隠しつつ処理の正当性を証明
- スケーラビリティの向上 重い計算をオフチェーンで処理し、オンチェーンでは結果だけを検証
- Midnight zkブリッジを可能にする相互運用性
- さまざまな応用分野 DeFi、DAO投票、規制対応、サプライチェーンなどに広く活用可能
開発者コミュニティの声
Midgard(オプティミスティック・ロールアップのフレームワーク)を開発するPhilip DiSarro氏は次のように述べています:
「このVerifierは、ZK技術をカルダノで実用化する上で大きな一歩です。コードもEUTXOモデルやPlutusの制約に丁寧に合わせてあり、私たちのようなチームにとって非常に心強い基盤です。」
想定されるユースケース
- Midnight-Cardano zkブリッジ:Midnightの状態をカルダノ上で検証
- プライベート投票:投票資格を秘匿したまま証明
- Confidential DeFi:取引金額を非公開に保ったまま検証
- サプライチェーン:商品の属性(例:産地)だけを証明
まとめ
Halo2-Plutus Verifierは、カルダノにZK証明を本格的に導入するための重要なステップです。プライバシー、スケーラビリティ、相互運用性の3要素を満たし、将来的には多様なDAppや社会実装にもつながる可能性があります。
技術的課題を乗り越えながらも、オープンソースとして開発が進められている点も注目です。今後、開発者やコミュニティによる参加が広がることで、カルダノのZKエコシステムはさらに進化していくことでしょう。
⚙️ GitHubリポジトリやCIP提案などを確認したい方は、公式のドキュメントもぜひチェックしてみてください。
以下はIOGブログ「Unlocking zero-knowledge proofs for Cardano: the Halo2-Plutus verifier」を翻訳したものです。
IOGブログ『カルダノにゼロ知識証明をもたらす「Halo2-Plutus Verifier」』とは
:全翻訳
カルダノにゼロ知識証明を導入する:Halo2-Plutus検証ツール
プライバシー、スケーラビリティ、相互運用性に優れたアプリケーションのために、ゼロ知識証明をカルダノへもたらすオープンソースのプロトタイプについて解説する
著:Kris Bennett氏
ブロックチェーン技術が急速に進化する中、ゼロ知識証明(ZKP)は、プライバシー、スケーラビリティ、セキュリティを高める中核技術となっている。Halo2-Plutus検証ツールは、Intersectの技術指導委員会(Technical Steering Committee)が推進する優先事項の一環として、Input Output Research(IOR)が主導するオープンソース・プロジェクトである。このツールは、Halo2による高度な暗号技術と、カルダノのスマートコントラクト・プラットフォーム「Plutus(およびその高級言語であるPlinth)」を接続する。
本記事では、この検証ツールの目的、機能、そしてとりわけMidnightとCardanoを結ぶzk-ブリッジにおいて、分散型アプリケーション(DApps)を変革する可能性について探る。
Halo2-Plutus検証ツールとは?
Halo2-Plutus検証ツールとは、Halo2を用いたゼロ知識証明の生成と検証を可能にし、それをPlinthスマートコントラクトへ統合するためのオープンソース・リポジトリ(open-source repository)である。
研究チームとイノベーションチームの協力のもと、応用暗号の専門家の多大な貢献により開発されたこのツールは、オンチェーンでのHalo2検証を可能にし、プライバシー保護型DAppの開発を支援することを目的としている。主な目標はMidnight-Cardano間のzk-ブリッジをサポートすることであるが、会員証明、範囲証明、秘匿型トランザクションなど、幅広い応用も可能にしている。
主な機能は以下の通り:
- Plinth用検証コードの自動生成:Halo2の回路記述から、Plinth検証コードを生成するためのツール。
- アドホック閾値マルチシグ(ATMS)向けHalo2回路:ATMSに対応するHalo2回路を実装し、それをカルダノ上のPlutusスマートコントラクトで検証可能に。
- MSM(マルチスカラー乗算)向けCIP提案:暗号プロトコルの性能最適化を目指すMSM用CIP(Cardano Improvement Proposal)の提案。
このリポジトリは、多様なプロトタイピングエンジニア、応用暗号学者、アーキテクト、形式手法の専門家からなるチームにより開発されており、プライバシー重視型DAppsの可能性を開発者に提示するためのプロトタイプとなっている。
起源とコラボレーション
このプロジェクトは、IOR(Input Output Research)、Intersect、そして技術運営委員会(Technical Steering Committee)が協力して、カルダノの相互運用性とプライバシー機能を強化することを目的に取り組んでいるものです。これらの成果は、IORが2025年に提出した提案(IOR 2025 proposal)内の「RSnarks」ワークストリームの中で実現されました。
研究とイノベーションの連携は非常に重要な役割を果たしており、とくに応用暗号の専門家たちが、証明システムの複雑さに立ち向かう上で中心的な役割を担っていました。彼らの専門知識によって、もともとBN256用に開発された最適なペアリングチェックアルゴリズムを、BLS12-381という楕円曲線に適応させることができました。これにより、カルダノ上での効率的な再帰的証明の検証が可能になったのです。
また、MidnightチームやPlutusチームとの密接な連携によって、とくにzkブリッジのような現実的なニーズに即した設計が実現されました。
主な貢献
✅ Halo2証明の生成
この検証機では、Rustを使ってさまざまな操作(デジタル署名や再帰的検証など)に対するHalo2証明を生成します。生成された証明はJSONファイルとしてシリアライズされ、対応する検証コードはPlinthと互換性のあるHaskellファイルとして出力されます。これにより、オフチェーンでの計算を行いながら、オンチェーンでその正当性を確認することができるようになります。
✅ ATMSに対するHalo2証明
- 使用リポジトリ: sidechains-zk(sidechains-zk repository)
このツールでは、Ad-Hoc Threshold Multisignatures(ATMS)の検証機能をプロトタイプ化しています。ATMSは、Midnight-Cardano zk-ブリッジをはじめとする多くのアプリケーションにおいて重要な要素となるものです。
✅ 形式検証(Formal Verification)
- 参考論文: Efficient Foreign-Field Arithmetic in PLONK(Efficient Foreign-Field Arithmetic in PLONK)
チームは、EasyCryptという形式検証ツールを使って、Foreign Field Arithmetic(FFA:非ネイティブな算術演算)アルゴリズムの正当性(soundness)と完全性(completeness)を証明しました。この検証結果はGitHubで公開されており、SNARK回路内で非ネイティブ演算が必要な場合の再帰的証明における効率性を向上させています。
✅ MSMに関するCIP貢献
- 提案内容: CIP-133 – PlutusにおけるBLS12-381上のMulti-Scalar Multiplication(MSM)対応(CIP-133 – Plutus support for ulti-Scalar Multiplication over BLS12-381)
チームは、BLS12-381曲線上でのMSM(Multi-Scalar Multiplication)をPlutus上でネイティブに処理できるようにするCIPを提案しました。このMSMは、暗号署名・ゼロ知識証明・楕円曲線ベースのSNARKシステム(たとえばHalo2など)において非常に計算負荷が大きい処理です。特にSNARKでは、大規模なMSM処理が証明と検証の両方において大きなコストのボトルネックになります。
このCIPは、Plutus上にMSMビルトイン関数を導入することで、Halo2ベースのプロトコル全体のパフォーマンスを大幅に最適化することを目指しており、証明者・検証者の両方に恩恵があります。このCIPはすでに承認されており、現在Plutusチームによって実装が進められています。
✅ 再現可能な開発環境
- 使用リポジトリ: plutus-halo2-verifier-gen(plutus-halo2-verifier-gen repository)
依存管理にはNixを、Plinthコントラクトのビルド/テストにはCabalを使用しており、開発者にとってスムーズかつ再現性のあるワークフローを提供しています。
技術的な成果とチャレンジ
🛠️ Plinth Verifierの自動生成
このツールでは、Rust製のHalo2ライブラリで定義された回路から、Plinth用のHalo2検証機コードを自動生成できます。Handlebarsライブラリを使って、Plinth用のテンプレートに回路固有のロジックを埋め込むしくみです。
この機能はATMSをはじめとする様々な回路に対して適用されており、Halo2のルックアップテーブルやカスタムゲートにも対応しています。実際の計測では、ATMS署名がカルダノのメインネット上で効率的に検証でき、Plutusスクリプト1つの計算制限内で完結できることが確認されています。
🧮 FFA(Foreign Field Arithmetic)の形式検証
EasyCryptを用いて、FFAアルゴリズムの乗算ゲートおよび新しいMSMアルゴリズムの完全性・健全性を形式的に証明しました。これにより、Halo2回路内での非ネイティブ演算に関する信頼性が高まりました。
📌 MSM CIPの推進
先述のCIPでは、PlutusにおけるネイティブなMSMサポートを提案しており、Halo2ベースの検証処理におけるコストを大きく削減しようとしています。
このプロトタイプはなぜ役立つのか?
Halo2-Plutus Verifierはまだプロトタイプではありますが、カルダノにおいて大きな変革をもたらす可能性を秘めています。
🔐 プライバシーを保つDAppの実現
たとえばトランザクション金額のような情報を公開せずに計算の正当性を証明することで、プライバシーを重視した分散型アプリケーション(DApp)を構築できます。
⚡ スケーラビリティ向上
複雑な計算処理はオフチェーンで行いながら、オンチェーンではその検証のみを実施することで、チェーンの負荷を抑えながら性能を高めることができます。
🌉 相互運用性の強化
Midnightとカルダノ間でzkブリッジを構築するために、再帰的な証明(recursive proofs)の検証を可能にします。
幅広い活用可能性
このプロトタイプは、以下のようなユースケースでの活用が期待されています:
- DeFi(分散型金融):機密性を保ったまま担保情報などを検証する用途
- 投票システム:DAOなどで投票権の有無を公開せずに証明する
- コンプライアンス対応:プライバシーを確保しつつ規制対応を実現
- コミュニティへの貢献:このオープンソースツールとMSM CIPにより、開発者がより高度な暗号ソリューションを構築できるようになります
コミュニティの声
このプロトタイプの価値について理解を深めるには、開発コミュニティの声も重要です。Anastasia LabsおよびMidgardの創業者であるPhilip DiSarro氏は次のように語っています:
「実際にカルダノ上でインフラを構築している立場として、私はZK(ゼロ知識)ツールの進展をずっと注視してきました。Halo2-Plutus Verifierは、その中でも大きな前進だと感じています。Halo2の証明をPlutus上でオンチェーン検証できるようになったことで、プライバシー重視かつスケーラブルなアプリケーションの設計余地が一気に広がりました。
私たちはこのVerifierをMidgard(オプティミスティック・ロールアップのフレームワーク)に統合することを検討しています。これにより、フロードプルーフ(不正防止証明)の圧縮や、レイヤー2間の連携をよりスムーズにすることが期待できます。
コードベースも非常によく設計されていて、カルダノのEUTXOモデルやPlutusの制約に合わせて丁寧に作り込まれていることがわかります。このプロジェクトがオープンソース化されたことは、エコシステムがどこへ向かおうとしているのかを示す強いメッセージであり、私たちのようなチームにとっても、堅牢でミッションクリティカルな基盤の上に開発を進めていける大きなチャンスです。」
想定されるユースケース
このHalo2-Plutus Verifierは、以下のような具体的なユースケースで活用されることが期待されています:
🌉 Midnight-Cardano zkブリッジ
Midnightの状態をカルダノ上で再帰的証明(recursive proof)によって検証し、信頼性のある相互運用を実現します。
🗳️ プライベート投票
有権者の身元を明かすことなく、投票資格があることを証明できます。DAOなどの組織でのガバナンス投票に最適です。
💸 秘密性を保ったDeFi(Confidential DeFi)
取引内容や金額を非公開にしながら、その正当性を担保することが可能です。担保チェックやローンの信頼性確認などにも活用できます。
📦 サプライチェーンの検証
商品の出所や品質などの属性を、余計な情報を開示せずに証明することができます。たとえば「この商品は日本産である」ことだけを証明する、といった用途です。
まとめ
Halo2-Plutus Verifierは、IOR(Input Output Research)とIntersectの連携、そして技術運営委員会の指針に基づいて誕生した、カルダノにとって革新的なプライバシー・相互運用性のツールです。
応用暗号の専門家やプロトタイピングエンジニア、形式手法のスペシャリストたちが協力し、Halo2証明の実用性、特にMidnightとのzkブリッジにおける再帰的証明の実装可能性を示しました。
もちろん、ZK証明の検証にはコストがかかるといった課題もありますが、MSM CIPの導入やFFA(Foreign Field Arithmetic)の形式検証といった技術革新が、それらの課題解決へと道を開いています。
🔧 触ってみたい方へ
今すぐリポジトリをクローンして、コードを読み込み、未来のカルダノにおけるプライバシーの可能性を一緒に切り開いていきましょう!
























